半身少女
少し歩いたのち、東雲は一つの部屋の前で足を止めた。
「さ、ついたよ」
東雲は意味深に呟きながら。日音は眉間を抑えながら。百合本はその様子を見ながら、教室へと入る――。
「初めまして――」
――轟炎。
ありとあらゆるものを焼き焦がす地獄の業火が、百合本を包み込む。寸前で女天狗が風を巻き起こして無事だったものの、その衝撃は計り知れないものであった。
「何してるのよ」
「いやあ、ここに来る人間ってめったにいないから……」
「怪異だと思ってぶっ放したってこと!?」
その下手人は、一人の男。それを、教室の奥にいる少女が咎めた。
「ごめんなさい。この糞ボケはちょっと悪戯好きで……」
「怪異なら何してもいいって思って……」
「はた迷惑だなおい!」
もう一人の少女は、眉間を抑えながらつぶやく。その隣で、一人の少年が微笑を浮かべながら言う。
「オカルト部開幕ブッパが流行ってるの!?」
「ああ」
「ええ」
「うん」
「(こいつらが捕まってないの行政の怠慢だろ……!)」
「ま、自己紹介をしてもらおうか。第一印象が大事だって言うからね」
「危険人物ですけど第一印象」
閑話休題。
「じゃあ改めて、新入部員を歓迎しようじゃないか」
「日音暗だ。そうだな、特技はモノを隠すことだ。便利だぞ。テロとかカチコミするときに。うまく隠せば引っかからない」
「したことあるの!?つーかそういうもんじゃなくない!?」
「鬼灯彼岸。このバカの幼馴染よ。たいへん不本意ね」
「で、このバカこと雨宮です。性別不詳」
「自称することじゃなくないか……?」
でも確かに性別は不明である。
何はともあれ、全員の氏名……否恐らくは一名だけ苗字だけだが、とりあえず判明はした。
「部活の顔合わせって何するの?」
「おいコラ教師……!」
上記の台詞を発した東雲は、机に腰かけながら百合本を指差した。
「(駄目だっ、理解も突っ込みも追いつかない……ッ!)」
ちなみにこの男も、常軌を逸した存在を前にして殺すか一緒に人生を歩むかという二択を突き付けたことを明記しておく。
「……よろしくお願いします!」
数分の思考の末。
そのすべての成果を放棄した百合本は、朗らかな笑みで笑うのであった。
※※※
――そうだねー……肝試しにでも行ってきたら?
百合本ら一行は、上記の東雲の一言によって旧校舎を歩かされている。
奥に行けば行くほど暗くなり、最終的には手に持っているライトの明かりしか、光源がなくなっている。
「(どこまで続くんだこの廊下)」
暗く、長い。
どこまでも果てしなく、闇と床が広がっている。
「あのう、これってどこまで……」
「さあ?」
返ってきたのは、思いもしない一言だった。
雨宮は続ける。
「二人は知ってる?」
「いや?」
「知らないわね」
背筋の凍った百合本は後ろを向く。
――ゼック。
今まで通ってきたはずの景色はそこになく。教室も電灯もなく。ただただ、闇と廊下が広がっている。
「ちょっとここって言ったどうなって――ッ!」
ひたりと、足音が聞こえた。
ここにいる四人では出せない足音。
「来たね」
「来たわね」
日音は銃器を。彼岸は腕をまくり、雨宮はあほ毛を揺らす。
――ヒタリ。
てけてけ。
下半身を千切られた、哀れな少女の怪異の総称。
――ヒタリ。
売られ、買われ、犯され千切られた寂しがりな少女は、仲間を求めて彷徨い引きずる。
「てけり」
――ヒタリ。
※※※
上半身のみの少女の霊――テケテケが、恐るべき速さで走行を開始する。
「ぎゃあ!?」
超変則軌道。
床も天井も壁も平等に這いまわり、平等に四人の下半身を千切りに襲い掛かり――。
「あらよっと」
雨宮が、異様に伸びたあほ毛で弾く。
「あほ毛ッ!?」
「そうあほ毛」
距離を離されたテケテケであったが、弾き飛ばされた勢いのまま壁に張り付き、再び走行を開始する。
「なんかいつもより早くない?」
「それな?」
「ねえ、テケテケって何するの?」
百合本が問う。
「あいつの力は『走行』。床も天井も壁も関係なく突っ走る」
そう雨宮が説明を終えたとたん、百合本めがけてテケテケが襲い掛かる。
「こっち来たア!?」
気が付いた時にはもう遅かった。
超至近距離で、テケテケが腕を振りかぶっている――。
「うるさいのお」
――影から、声が聞こえた。
――ニョテング?
ずるりと、影から女天狗が現れる。
それと同時に、テケテケに向かって突風が巻き起こった。テケテケを突き飛ばし、百合本の体力と引き換えに安全を確保する。
「なんかお前、ロリ化してね?」
「あの戦闘でほとんど力を使い果たしたのじゃ。力をすべて取り戻すその時までは、一緒にいてやろうぞ」
くあ、と女天狗が欠伸する。
「それが例の?」
「私が戦った時から随分と幼くはなっているが」
「弱体化してるようだし、しばらくは放置でいいわね」
女天狗。
日本三大妖怪に数えられる、天狗の一種。
たった数十年かそこらの怪異ごときでは太刀打ちできない。手も元々ない足をはやしてでも勝てないだろう。しかしそれは、天狗がフルパワーで戦った時の話である。
長い封印で朽ちた肉体なしでは本来の力の一端ですら引き出せない。せいぜいが突風を引き起こす程度である。
そんな弱体化した女天狗に向かって、テケテケは飛び掛かる――!
「小僧。体借りるぞ」
女天狗は再び、影に潜り込む。
百合本の腕がひとりでに動き出し、その手にはいつのまにか、扇が握られていた。
女天狗の力の所在はあくまで、彼女の魂にある。つまり、肉体さえあれば問題なくその力を発揮できるのだ。
そして今、百合本の腕の支配権を奪い、力の六分の一を引き出す――。
――風ダ。
ゆるりと風が頬を撫でたかと思えば、たらりと一筋の赤い線になる。
鎌鼬だ。
その異様で巨大な力を感じたテケテケは逃走を開始する。しかしいともたやすく追いつくと、それらが一斉にテケテケに襲い掛かり、その体を切り刻む。
ぎしぎしと旧校舎が歪む音と共に、テケテケが霧散した――。
※※※
東雲南北西は、テケテケとの戦闘の経過を見ていた。
目的は、弱体化した女天狗の力の確認。ついでに、テケテケの末路。
テケテケというのは、長年討伐されてこなかった怪異だった。オカルト部三人の力をもってしても、寸前で逃げられてしまう。
それほどまでに、素早かった。
しかし女天狗はそれよりも迅く、逃げに徹したテケテケを殺した。
「笑えないねえ」
東雲は苦笑した。