第一話 天狗少年:壱/弐
※カクヨムでも連載しています
それはある暑い夏の日であった。
「K大付属高校の誇りを忘れずに――」
等の長ったらしくてどうでもいい話を聞き終えた青年。
翌日が夏休みという学生にとっては最もテンションの高い日の、放課後という学生にとっては最もテンションの高い時間に彼は、友達の家に行くでもプールに遊びに行くでもなく、ただただ近所を散歩していた。
如何にして早く家に帰るかという部活である『帰宅部』に所属している彼は、日々こうして学校から家までのルートを探している。
今この時もまた、彼はルートを開拓している。
「(……そういえばこの裏路地、通ったことないな)」
ふと、一つの裏路地の前で足を止める。
あらゆる裏路地を通ったと思っていた彼だったが、そこだけは通ったことはなかった。
小学校まで怖いもの知らずとして有名だった彼でも、この裏路地だけはなぜか通ったことがなかったのだ。ほかの裏路地をすべて通ったのにもかかわらずである。
目の前を猫が通った。黒い。
靴紐が切れた。虚無にぶつかって。
烏がこちらを凝視する。羽を落とした。
しかしそれでも、彼は、『百合本弥代』は怯まない。
何はともあれ、彼は裏路地へと足を踏み入れた。
※※※
「(やたら長いな……)」
歩いても歩いても底の、先の見えない裏路地を彼は歩む。
しばらく進み、両方から光がささなくなる。
「暗あ……」
再びしばらく歩くと、少し開けたところに出た。
「祠……?」
そこは不思議な空間であった。
森に囲まれ、さんさんと日が降り注ぐ。この町に、そんなところはないと百合本弥代は記録している。
しかし今、事実として目の前にある。
――アア、美シイ。
そう思わざるを得なかった。
――ネエ。
どこからか、声が聞こえた。
「タスケテヨ」
「誰だよ」
「タスケテヨオ」
「聞く耳ねえなあ……」
その声は、祠から聞こえていた。
「ホラ、ホコラヲコワシテ」
「祠ミームか?ちょっと古いぞ?」
耳をかっぽじりながら、祠に近づく。
彼には選択肢が三つある。
A・祠をぶっ壊す。
B・祠を無視する。
C・祠を開ける。
「どうするかね」
「コワシテヨオ」
「碌な事に成らないだろうなあ」
彼の周りは、なんかやたらキラキラしている。青春小説かなんかの世界線じゃないかなあ。それぐらい、きらきらしてる。
そこで彼は、モブ……否、背景だった。
彼は自分の人生の主人公だなんて、一度も思ったことがない。
――始めようか。
「良いよ。壊そう」
――もううんざりだ。
彼は近くに会った岩を取り、祠に叩き付ける。
祠は無残な木片と化し、その中に封じられていた妖怪――否『怪異』。
怪異『女天狗』は祠から解放された。
「妙にあっさり開放するなア、小僧」
「殺せよ」
「はあ?」
「僕を殺せよ。もしくは――主人公にしてくれ」
「何を言うておる?」
「僕と人生を共に歩んでくれ――とも言う?ああプロポーズじゃないぜ」
百合本弥代は、怪しく微笑む。
三日月笑顔を浮かべた。
女天狗は彼を知らない。しかし、確かに彼女は彼に面白さを見出していた。
――イイダロウ。
――かくして、怪異と少年は出会った。
――さあ、物語を始めよう。
※弐※
ふと、空を見上げた。
先ほどまで暗い裏路地であったはずなのに、燦燦と光がさしていたからだ。しかしこれは、功を奏したであろう。
はるか上空から、暗殺者が襲い掛かっていたからだ。
「ッ!?」
何かが彼等のいた地点に落下し、地面をたたき割る。
その正体は、無数の火器と少女であった。
「初めまして」
少女はその挨拶と共に、どこからともなく無数の火器を取り出す。
サブマシンガン二丁。
それらを女天狗と社に向け、乱射を開始する。
しかし、それら全ては女天狗の巻き起こした風が叩き落す。
「何これ」
「怪術。超能力のようなものと認識してくれればいい」
火器少女は再びどこからともなく無数の火器を取り出し、乱射を開始する。
それらも再び風で叩き落される。
少女は舌打ちすると、どこからともなく一つの巨大な火器を取り出す。
「ロッ、」
その兵器は、ロケット弾を打ち出すためとして作られた。
「ロケットランチャーア!?」
「小僧。なんだあれは」
暢気なものである。
少女はロケット弾を放つ。当然、風程度では止まらない。
「速くて重いぞ」
「そういう兵器だもの!」
そして――炸裂。
一般人たる彼には、回避する手段はない――。
「おわああ!?」
――が、超常的たる存在の『怪異』たる『女天狗』であれば、空を飛んで回避するなど造作もないのである。
「さて小僧、おぬしの名は?」
「急にどうした?」
「はっきり言って、わしは今死にかけじゃ。体がないからの」
「ダメじゃん!?」
「だから体を貸せと言うとるのだ。名は?」
「……百合本弥代」
彼はそういうと、女天狗は消えた。
百合本弥代は自由落下を開始し、遥か眼下では少女が火器を構えていた。
「ちょっとお!?死にそうですけど!?」
銃弾と地面が迫る――。
が、それらが百合本弥代にあたることはなかった。
ふわりと浮遊したことを不思議に思った弥代は、背中を見る。するとそこには、黒金の翼が生えていたのだった。
「なにこれ!?」
「憑依。まあ合体のようなものじゃ」
影から女天狗の声が聞こえた。
悠々と降り立ち、手に握られていた扇子を振り上げ――
――ヒトフリ。
暴風が、少女を襲う。
軽く少女を吹き飛ばし、大木にたたきつける。
それでも少女はひるまない。
彼女の怪術は『暗器』。どこからともなく武器を取り出すというものだが、その質量に制限はなく、どこにあるというわけでもない。
少女はどこにあるわけでもない火器をすべて取り出し、乱射を開始する――――!
「死に腐れ――――ッッ!」
迫りくる無数の銃弾。
とても風では吹き飛ばせない数であるが、それらが百合本弥代に炸裂することはない。
――イタダキマス。
巨大で朧気な狗が、銃弾を余すことなく食らいつくす。
――天狗の起源は、太陽と月を食らい、日食と月食を引き起こすというものである。
天体すら食らう悪食にして暴食――それが天狗の真骨頂!
約三分の銃撃意を受け切った禍狗は、げっぷして中に消える。銃弾も、虚空に消えた。
これにはさすがに、少女もうろたえた。
抵抗の手段のない少女に向かって、弥代は扇を振り上げる。
そしてそこに、一人のくたびれた中年が割って入った。
火のない所に煙は立たぬが、煙に巻かれたように中年は登場したのだ。
「初めまして、百合本弥代くん」
「どうして名前を」
「さっき、堂々と話していたじゃないか」
あの時からいたという事だろうか。
「初めまして。僕の名前は東雲南北西。そうだね、彼女――日音暗の部活の顧問ってとこかな」
「学生だったの!?」
「ぴちぴちのJKだっつーの」
「開幕に銃を乱射したことを謝ろう。すまなかったね。これでも仕事なんだ。突然封印されていたはずの、超危険怪異が解放されたともなればねえ、僕らも様子見しなきゃいけないんだ」
「銃乱射は?」
「彼女は血の気が多くてね」
東雲はあきれたジェスチャーで煙草を吹かす。
「きみには今、複数の選択肢がある。一つ、このまま死ぬか封印されるか。お勧めしないよ。すごく暇だからね。
二つ。お勧めはこっちね。この子、見覚えがない?」
彼は見栄を凝らして、火器少女を見る。
「あ」
それは、クラスメイトの『日音暗』なのであった。
「気が付かなかったのか……」
「開幕銃器をぶっ放してくる奴がクラスメイトだと思わないよフツー」
「話を戻してもいいかな?」
東雲が問う。
「彼女はね、『オカルト部』に所属しているんだよ。ほら僕の顔見たことない?」
百合本弥代は、東雲の顔をまじまじと見る。その顔にも見覚えがあった。
この男は、基本的にクラスメイトの顔等は覚えていないのである。
「あれって幽霊部じゃないんだ……」
「ある意味幽霊部だけどね」
一応弥代もオカルト部の存在は認識していたのだが、それに入っているという生徒は基本知らない。
「あれね、本当のオカルトを取り扱っているんだ。うちの学校、K大の付属校だろう?そこ、実は君の天狗みたいな危険な怪異を相手取る人間の総本山でね。この高校にも、本当のオカルト部があるってわけ」
百合本弥代は、納得したように手を打つ。
彼の高校は、やたらと七不思議の類が多いのである。おそらくはそこを狙って建てられたのだろう。
「さて本題だ。君も、オカルト部に所属する気はないかい?」
東雲は手を差し出した。
百合本弥代は、その手を取る。
「決まりかな?」
「ええ」
「ようこそ、オカルト部へ」
東雲は微笑んだ。
ええ、化物語です