自作の槍一本で怪異をやっつける変なおじさんに若い女性が二人も弟子入りするのは世間体どうなのだろうか
「──そんな陳腐な装いで挑むつもりですか?」
帝都の都庁。
例の建物をどうにかする依頼を引き受けたいと受付で言ったら、通された一室。
なかなか広い。
普段は会議室として使われているに違いあるまい。
そんな広い部屋の隅っこのほうで、一人椅子に腰掛け、じっとしていると。
何の挨拶もなく、見覚えの全くない初対面の人物が切り出してきた。
巫女さんだった。
歳はまだ二十歳くらいだろう。つまり俺より十歳くらい下だ。
濡羽色の髪をポニーテールのようにまとめている。
可愛いではなく、凛々しいタイプの美人だ。
背中には年代物の薙刀。
あの有名鑑定番組に出したら凄い高値がつきそうな一品だ。
もしかして俺に言ったのか、と尋ねる。
そうです、と巫女さんは言った。
「忠告しておきますが、怪異調伏とは生易しいものではありませんよ。命が惜しいなら、辞退したほうが身のためです」
巫女さんはそう言って、溜め息をひとつついた。
あちこちから、クスクスだの、フフフだの、アハハハだのと笑い声。
俺のことを嘲笑っているらしい。失礼な奴らだ。
首にかけたヘッドホン。
薄汚れたコート。当然その下には衣服(作業着やカーゴパンツ等)を着ている。パンツ一丁ではない。
軍隊でも使われてるとか使われてないとか、とにかく丈夫なブーツ。
色々と必要なものや必要かもしれないものや無用なものを入れたリュックサック。
そして相棒である槍。
愛用の品々だ。
こいつらと共に、世の中に災いをもたらす奇怪で異常な現象──『怪異』を、長年蹴散らしてきた。
他人に、しかも年下にケチをつけられるいわれはない。
腹のたつ話だ。
「アドバイスどうも。けど俺はずっとこのスタイルでやってきたんでね。今更変える気はないんだ。あと今回のお仕事をやめる気もない」
が。
年下に怒鳴るのも大人げないので、ありがた迷惑だが、作り笑いを浮かべてお礼を言っておく。
普通の神経の持ち主ならこれで引き下がってくれるのだが。
「無謀ですね」
まだ食いついてくるのか。
言葉の選び方を間違えたな。
人付き合いが嫌いだから目立たぬようじっとしていたのに、さっきからなんなんだ、このお嬢さんは。
頼むからもうどっか行ってくれ。
「いざとなれば助けてもらえる……なんて考えてるなら、甘すぎますよ。他人を気遣う余裕など、これから向かう先には皆無に等しいのですから」
「気にしなさんな。おたくらはおたくら、俺は俺で、好きにやらせてもらうよ」
俺は、面白そうにこちらを眺めている周囲を、ぐるりと見渡した。
学生服の男女で構成されたグループ。
毎年、優秀な異能者を輩出しているって評判の、名門中の名門校。
そこの生徒だ。
俺が通っていた三流高校とは雲泥。まさに天と地くらいの差がある。エリートだエリート。
銃器や強化ベスト、暗視ゴーグルやガスマスクなどで完全武装した一団。
自衛隊の誇る、対怪異部隊だ。
テレビの特番で見たことがある。
装備はどれも霊的な儀式で清められていて、人間相手でも怪物相手でも、問題なく威力を発揮できるとか。怖い連中だ。
テーブルに広げられたスナック菓子やケーキを食べてる少女達。
赤や青、金などの派手な色合いの、可愛らしい衣装を着込んでいる。
魔法少女──というやつだ。
人気者という点ではこの中でも比類ないだろう。コマーシャルでも見るくらいだからな。
精霊だか妖精だかと契約を交わして魔法を使うのだとか。よくわからん。
海外からのお客様もいる。
首から十字架ぶら下げ、鈍器や斧、拳銃やショットガンを携えたシスター達。
エクソシストってやつなんだろう。
「……神父がいないな」
パッと見して思った疑問が、つい呟きになってしまった。
「いませんよ。いるはずがない」
意外なことに、出会った初っ端にいきなり俺をたしなめに来た巫女さんから、その答えがきた。
別に質問したわけではなかったのだが……。
「彼女らは男子禁制の騎士団。入団できるのは敬虔な乙女のみです」
「へえ」
「勉強になりましたか?」
「なったなった。貴重な情報ありがとう。ところで、ついでに聞くけど、お宅はどこの誰なんだい?」
「……え、私?」
「ぷーっ!」
また別の方向から、何者かが吹き出した音がした。
今度は誰だ?
「この姉さん知らないとか、あんたとんでもないモグリだな!」
けたたましく、荒っぽい若い声。
女の子の声だ。
「よくそれでこの仕事に挑もうと思ったもんだぜ! びっくりだびっくり! たいしたおっさんだよ!」
こっちに近づきながら一方的にまくしたててくるのは、いかにも不良娘という見た目の少女だった。
高校生くらいだろうか。
(染めているのであろう)金髪を背中まで乱雑に伸ばし、シャツと黒の革ジャン、あちこち破れたジーンズという姿である。
怪異に挑む者というより、タバコ咥えてコンビニの駐車場で座り込んでそうな者にしか見えない。
「またやかましい子がきたな」
「ヘヘ、どこのド田舎から来たか知らねえけどさ、ンな貧相な槍一本で、何をどうしようってんだぁ? くたばる前に帰んなよ!」
「口は悪いが、気遣いはしてくれるんだな」
「まーな。見ず知らずの雑魚おっさんでも、ほっといて死なれたら後味悪りぃしよ!」
「俺から言わせれば、君らもどっこいどっこいだと思うがね」
薙刀しょった巫女さんと、武器なしの金髪娘。
俺のことをとやかく言える風体か?
「なワケあるかよ! ホントなんも知らねえんだなアンタ!」
呆れたようにそう言ってから、金髪娘は自分の家名と巫女さんの家名を教えてくれた。
どうやらこの業界──退魔業とでもいうのか──では、彼女らの名は有名らしい。
名家というやつなのだろう。
なお聞き覚えはまるでなかった。
詳しくないからな、この業界。
誰とも交流なく、十年以上ピンでやってるから、詳しくなりようがない。
なんならずっと同じ地域に居座って生計を立てている。
山で暮らす猟師みたいなもんだ。俺が狩るのは鹿や猪ではなく化物だが。
たまにその『成果』を役所に引き渡したり、ネットオークションにかけて金にすることもある。
まれに、腹に宝石や金貨などを蓄えてる化物もたまにいるので、その場合は質屋などに持っていく。
なので実はまあまあ裕福なのだ。
ギャンブルや女遊びとかもしないしな。
今回の仕事も大金に目が眩んだのではなく「たまにはホームグラウンドを離れてみるか」くらいの軽い気持ちで引き受けようとしてるのだ。気分転換というやつである。
俺がいまいちピンとこない顔をしているせいで、金髪娘は「言うだけ損した」と言い残し、巫女さんと一緒に俺のそばから離れていった。
ふぅ。
やっと落ち着けるぜ。
「皆さん、お集まりになられたようですね」
落ち着いたのもつかの間、お役人様がようやくこの大部屋に現れた。
背広姿の男性を何人も引き連れ現れたのは、二十歳後半の女性だった。
いかにも真面目で堅苦しそうな、そして芯の強そうな、ショートカットの眼鏡さんだ。
「──では、今回の件について詳しい説明を──」
楽しい説明会から小一時間後。
詳しい話を聞いても誰一人辞退することなく、バスに揺られて、とある建物の前へと到着した。
都内某所にある、旧華族の屋敷。
つい一ヶ月前、突如この場所に現れたらしい。
それまでここにあった廃ビルは、どこに消えたのか、いまだ不明のままだそうだ。まあ二度とこの世に現れないだろう。
見た感じ、文化財に指定されそうな歴史あるお屋敷にしか見えないが、しかし、禍々しいものを漂わせている。
現に、ここに集まってる面々の顔は、一様に緊張感のあるものになっている。自衛隊の連中はゴーグルとマスクでよくわからんが……まあ同様なんじゃないか。
誰も彼も血の気が引いてて、さっきまでの余裕綽々な笑みが消し飛んでいた。どうした、笑えよお前ら。
「……こりゃヤバいぜ……」
頬を引きつらせた金髪娘が、かろうじてそれだけ漏らす。
その横では、巫女さんが額に汗を浮かべながら沈黙していた。
そして。
ただ屋敷を眺めながら十分ほど経った。
一向に誰も動かない。
いい加減俺もしびれが切れてきた。
「あー、誰もやる気ないようだから、俺がやらせてもらうぞ」
屋敷正面にある門に向かう。
「やめろ」「死ぬぞっ」「いいからやらせとけ。自己責任だ」「正気か」などと、いくつもの声があがる。
当然無視だ。
門に触れる。
かじってくるかとも思ったがダンマリだった。
「封じられてるだけか。鍵穴はなし……合言葉のやつかな、こりゃ」
どの解錠の言葉が効くかわからないので、適当に試してみることにした。
総当たりで試して駄目なら、別の開け方探すのめんどいんで壊すしかないが……果たしてどうか。
『◼️◼️◼️◼️、◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️、◼️◼️◼️◼️◼️』
『……いあいあ、あいあいあ、ふんぐる、むがうな……』
『~~────~──────~~~~──』
三番目に試した、虚無語で門が開いた。
「さあ行こうぜ……って、どうしたんだ一体全体」
後ろを見ると、半数近い人数が耳を押さえて、うずくまったり苦しんだりしている。
押さえている手からは赤いものが流れていた。どうやら血のようだ。
俺が門を開けようと色々試してるあいだに何かしらの干渉を受けたのだろうか。
油断しすぎだろ、まったくよ。
「ダラダラ待ってるのは性に合わない。先に行くよ」
それだけ言い残して両開きの門をくぐり、屋敷の敷地内に足を踏み入れた。
後からついてきたのは誰もいなかった。
足手まといになられても困るから好都合だ。
「安い関門だな。ただの似非無限かよ」
ロビーを抜けるとすぐ出てきた、どこまでも続いている果ての無い廊下。
リュックサックから取り出したスプレーをかけて相殺してから、先へ進む。
クラインの壺を缶にしたものらしいが、よくわからん。わからんが、なにかと便利だ。中身が減らないってのも実にいい。
途中から、壁や床や天井のあちこちに腫瘍じみたものが現れた。
じみた、ではなく、実際そうなのだ。
この世にいてはならない、癌のような異物が奥に控えている。その影響が辺りに現れてきているのだ。見慣れた光景である。
「邪神か」
豪華な扉を勢いよく開く。
それまでの歴史ある西洋風お屋敷から、急に場面転換したかのように、石造りのドームめいた場所が姿を現す。
その中央にいるものを見て、俺はぼそりと呟いた。
無数の目玉と触手を生やした巨大な球根。
そうとしか言い様の無いデザインだ。
「この建物が具現して一ヶ月だったか。それでもう受肉してる……ま、小物だな」
大物なら、そんな簡単によそにお邪魔などできない。
いくつもの条件をクリアーして、ようやく他の世界に手出しできる。そういうものなのだ。
こんなあっさり受肉できる程度なら、どうせ大した影響も及ぼしてこないだろうが、一応、福音対策にヘッドホンをつける。
冒涜的な勧誘で気持ち悪くなるのは嫌だからな。
「さっさと片付けるか」
俺は愛用の槍を構えた。
手製の槍。
先端部分だけはそうではなく、昔、人からもらったものだ。
ガイウスと名乗った外国人の爺さん。
「ようやく、これを受け継ぐに相応しき者に巡り合えた」とか言って、槍の先っぽを俺に寄越してきた。流暢な日本語だった。
タダで貰うのも気が引けたから、万札数枚渡したんだっけな。
こんなに長く使えるなんて思わなかった。いいもの貰ったよ。あの爺さんにもっとカネ渡しておけばよかったな。
ちなみにそれまで現役で活躍していた金属バットや斧は、自宅の納屋で引退している。
とか何とか考えながら槍でつついてたら邪神が死んだ。
驚くこともない。
受肉して間もないからまだ柔らかい。こんなもんだ。
ガラララ……
石のドームが崩れだした。
まあそうなるよな。
主がいなくなった異空間は、存在力を失い、消えていくのが常識だ。
「やべやべ」
この調子なら屋敷のほうも崩壊が始まってるだろう。
時空の狭間に落ちたくはない。
戻るのにも手間がかかる。二度とごめんだ。
「急いで帰ろ」
俺は元来た道をダッシュで舞い戻った。
──戻ったらなんか英雄視された。
テレビカメラやレポーターが殺到してきたが、わずらわしいことこの上ない。
「報酬、ちゃんと口座に入金しといてくれよ!」
引き留めようとするショートカットの眼鏡さんにそう言って、俺はこの場から逃げ出した。
俺、明日から有名人になるのかなぁ……。
外を歩いてて指差されたりサインねだられたりしたら嫌だなぁ……。
「待ってください」
「ちょっといいかな、おっさん」
「なんだい?」
マスコミを撒いたと思ったら、物陰から、今度は巫女さんと金髪娘が出てきた。
もう終わったんだから俺に関わるなよ……。
「お願いがありまして……」
「そうなんだよ……」
なんか二人ともモジモジしてんな。小便でも我慢してるのか?
「我々に、どうかその優れた叩き上げの退魔の技を、ご教授願いたいのです」
「あんなヤバいのあっさり葬っちまった、そんなあんたに色々学びたいなと思ってさ」
は?
何言ってんだこいつら。
「俺は一人がいいんだよ。弟子なんかまっぴらごめんだ。こら、抱きつくな。離れろって。こんなところカメラに撮られたらどうすんだ。おいやめろ──」
──結局、首を縦に振るしかなくなった。
年の離れた若い娘二人を一人ずつ抱えて両手に花なんかしてるの撮影されたら社会的に死にかねない。
もしかしたら、そういう作戦だったのかもしれない。
なんて悪知恵の働く娘たちだろうか。
ということで、おしかけ弟子が二人増えた。
人付き合いが嫌で一人でいたのにこの始末。やっぱりよそで仕事なんぞやるもんじゃない。
俺にとって地元以外は鬼門だったんだ。
「よろしくお願いいたします、お師匠さま」
「これから頼むぜ、センセ!」
「はあ……」
後悔の溜め息しかでない俺であった。