誰かが言った。恋は戦争だと。
「リーブッ!私は貴女との婚約を破棄するッ!そしてここにいるペンド男爵令嬢を新たな婚約者として迎え入れるッ!!」
それは舞踏会の最中に起こった。
舞台に上がったのは私の婚約者…、いや、婚約者であった、アスト様。
そして隣に立つのは色々な男性を侍らせていると噂のペンド男爵令嬢だった。
ペンド男爵令嬢は見下した目で私を見る。
――嗚呼、そうか。
私は、負けたのだ。
ふらりとその場に倒れそうになった私を支えてくれたのは親友であるファインド侯爵令嬢だった。
「――リーブッ!!大丈夫ッ!?気をしっかり持ってッッ!!……あんな浮気者は今ここでッ!!叩きのめしてやりなさいッッッ!!」
彼女はまだ少し目眩の残る私に、恐ろしい速さで捲し立てる。
そんなぼんやりした私に彼女は強く言い聞かせる。
「リーブッ!聞きなさい。貴女は今、あいつらにとても馬鹿にされているのッ…!下に見られているのッ…!舐められてるのッッ…!!」
知っている。
「貴女がやり返してこないだろうと踏んで、こんな暴挙にでているのよッッ!」
分かっている。
「あの男爵令嬢の顔を見なさいッ…!あんな勝ち誇った顔でッ…!」
見えている。
だが私にどうしろというのか。
あんな人でも…あんな人でも好きだったッ…。
慕っていたッ…!
将来を夢見ていたッ…!!!
そんな人を奪われたのだ。
しかも、ちゃんと…!本人の口から………!!否定、されたのだッッ…!
今は…今だけはこの悲しみに浸らせてほしい。逃げることを許してほしい。
私はそんな強くなんてない。
「リーブッ……。私は悔しいッ…!貴女を雑に扱うあいつらがッ…!私の親友を馬鹿にするあいつらがッ…!私はあいつらを許せないッッ…!!!」
――私の手に雫が落ちる。
それは、初めて見た彼女の涙だった。
言われたら言い返す、やられたらやり返す。
そんな苛烈な彼女だが、泣いているところだけは見たことがなかった。
私が心配したことも数え切れないほどあった。だが、いつも決まって笑顔で言うのだ。
大丈夫、と。
なんて強い人なんだと。
そう思っていた。
そんな彼女が、人前で泣いているのだ。
私の為に。
そうだ。私はさっきアスト様に対してなんて思った?
好きだった、慕っていた、夢見ていた。
全部過去だ。
今の自分に改めて問う。
――まだ好きか?
いいやッ!好きじゃないッッ!
婚約者がありながら他の女性に靡く男を誰が好きなものかッッ!
――将来を見据えれるか?
いいやッッ!見据えることなど出来やしないッッ!
もし今、関係性を戻せたとしてもまた同じ事をするに決まっているッッッ!
こんな男の為に悲しんでいる余地なんて無いッ!
親友を泣かせていい道理なんて無いッッ!!
誰かが言った。
恋は戦争だとッ!
で、あるならばッ!
まだ…まだ私は負けてないッッ!!
私は降伏なんてしていないッッッ!!!
確かにアスト様への気持ちの面では負けたかもしれない。
でも、貴族の恋愛とは気持ちの面だけではない。
さぁ、準備をしろ。
喊声をあげろ。
自分の足で立ち、相手を睨め。
――私の親友を泣かせた罪は、重いぞ。