少年ソウル
孤児院の一番端にある暗い部屋。
カビ臭い布団の中で体を動かすと、ボロボロのベッドがギシギシと悲鳴をあげた。
「嫌な夢だったな」
7年前の苦い思い出に少しうんざりしながら黒髪に琥珀色の瞳をした12歳の少年ソウルは身を起こし布団からはい出る。
まだ薄暗い廊下を音を立てないように忍び足で歩く。
ソウルが暮らすこの場所はツァーリン孤児院。
元々教会だったのだが、改装されて今は孤児院として運用されている。
そのため外観は白い壁に青い屋根と、所々教会の面影を残している。
「お、今日も早いな」
玄関で出かける支度をしていると、背中からぶっきらぼうなガラガラ声が聞こえてくる。
「どこぞの孤児院の管理者がずさんなせいだ」
ソウルは眉間にシワを寄せながら声の主の方へと向き直った。
そこには見慣れたボサボサ頭にヒビの入ったメガネをかけた40代前半の男が立っている。この孤児院を管理者するシルヴァ神父だ。
「いやぁー。みんな働き者でおれは楽させてもらってるぜ」
とくに後ろめたい様子もなくシルヴァはあっけらかんと答える。
「子どもを家計のあてにしてんじゃねーよ」
そんなシルヴァの様子にソウルはどこか諦めたように悪態をつく。
はっきり言ってこの孤児院は日々の暮らしもままならないほど貧乏だ。ある程度の年齢に達した子どもも働きに出ることでなんとか生活を成り立たせていた。
「いやいや?俺もちゃんとやりくりしてんのよ?でも何故かお金がたまんないのよなぁー」
そんなソウルの心境をつゆ知らず、シルヴァはケラケラ笑う。
「はぁ……ったく。ライとガストももう出てるみたいだし、行ってくるわ」
「おぅ、気をつけてな」
ぶっきらぼうではありながらも、どこか安らぎを覚える声を聞きながらソウルは扉を開く。そして玄関の下駄箱の上に置かれた写真立てに目をやった。
「ウィル、行ってくるよ」
そこには黒い瞳に軽くパーマのかかった茶髪をした子どもの写真が飾られている。
数年前、病にかかってこの世を去ってしまった彼の名はウィル。共にこの国を守る騎士になろうと約束したソウルの親友だった。
この孤児院がここまで生活が厳しいのはシルヴァが捨てられた子どもを全て断ることなく引き取っているからである。
表面上はふざけた態度をとっているが裏で国の補助金を受け取れるようにはからったり、子どもの見えない所で働いている。
そんなシルヴァだからこそ、ソウルも他の子どももシルヴァのことが好きだ。
「もう少ししっかりしてくれたら言うことないんだけどなぁ」
ソウルはそう1人呟きながら孤児院の中庭を駆けるのだった。
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「でっかくなりやがって」
シルヴァは出ていったソウルを眺めながら思う。
7年前のあの日、絶望の底にいたソウルが、強くそしてまっすぐに成長する姿を見て誇らしさを感じる。
もうあいつも12歳。いよいよ時が来たか。
「さぁてとっと」
シルヴァは鼻歌まじりに郵便受けを開く。
数ある勧誘やら何やらの手紙をゴミのようにポイポイと放り投げていくと、その中に一通の手紙が届いていた。
目的のそれを確認したシルヴァは封をビリビリと破り捨てて中を確認する。
「……ったく、相変わらず頑固なやつだ」
一通り手紙を読んだシルヴァはため息をつく。だが、まだ可能性は繋がっている。
「後は、おまえ次第だ。ソウル」
再び静寂を取り戻した中庭を見つめながらシルヴァは1人呟くのだった。