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7.ご飯



「おはよう、ジン…ってそのほっぺた何さ。ちょっと冷やすものとってくる」


寝起き早々に朝ご飯を用意しに作業台に向かったのだが、先に作業台に立って準備を進めていたジンの顔を見て驚いた。左の頬が赤く腫れていたのだ。これは痣になりそうだと、一度部屋に戻って布切れをとり、外の井戸で布を濡らす。固く絞りながらジンのもとに速足で向かって、冷たい水で冷えた布を渡した。


「準備代わるから、これで冷やしなよ。どうしたの?」

「久しぶりに転んだ」

「いや、転んでそんなところ腫れなくない?」

「腫れる時もある」

「ええ、強引…ジンは顔の半分が包帯に隠れちゃうし、そこに痣作ってたら顔のほとんどが無事じゃないね」

「無事なところもあるから大丈夫だろ。それより、鍋。様子見ないと焦げるぞ」


ばっと鍋のほうに振り向くと、ただでさえなけなしの野菜が強火で放置されたせいでチリチリになりかけている。慌てて側に置いてある水瓶から水を汲んで、鍋に注いだ。危ない、危ない。少ない野菜を不注意でダメにしたなんて知られたら、他の子たちからの避難殺到だ。そもそも文句を言うくらいなら自分で作りなさいなという気持ちにならなくはないが、ここで余計な批判を受けてしまうと自分の生活がやりにくくなるだけなので我慢しないといけない。


日本人ならよく分かると思うけど、食の恨みは一生だしね。何もかもが不足しているここではその恨みは何倍も大きくなるから、あまり下手なことはしないほうがいいのだ。ちなみに昔余ったパンを一人で貪った子は、それから売られることになるまでずっと後ろ指さされるような状態が続いたらしい。うん、食の恨みは怖い。


「ギリギリ大丈夫だったよ。今日の朝ご飯はジンによって守られました」

「大げさだな」

「だってこの野菜ダメにしてたら私相当怒られるじゃんか」


くつくつと笑うジンは、その頬の腫れをまったく気にしていないようだった。とはいえ、私の大事なジンを傷つけられて黙っていられる私じゃない。家族は大事にしないといけないから、家族を

に対して傷を作られたらお礼参りをすべきだと思う。


「ねえ、その頬。何が原因?もしかして、昨日ジンがレクサスと話すって言ってたことに関係してる?」

「ちょっと喧嘩しただけだよ。お前が気にすることじゃないって」

「今日はそれで納得しないよ。ちゃんと言って」


じっと目を見ながら問いただすと、少し気まずそうに眼を逸らされた。逸らしてもダメだ。私はジンを守るんだから。


「よし分かったレクサスに殴り込みだ」

「ちょい待て、何でそうなる…待て待て待て、話してるし料理の最中なのに放置していくなって」

「いたたたた、首絞まってる、ジン、傷に食い込んでる」


手に持っていた木べらを置いてさっさとレクサスの部屋に行こうとしたら、ジンに首を絞められた。正確に言えば、動き出したタイミングで襟元を引っ張られたものだから、引っ張られた服がしっかりと首に食い込んで、ついでに首にできていた鞭打ちの傷に食い込んでた。

慌てて「悪い」と手を放してもらい、ビリビリと感じていた痛みが引くのを待つ。

はあ、危なかった。身内に窒息死させられるところだった。


「よしじゃあ行ってくる」

「違うって、行ってくるじゃないから」

「痛い痛い、ジン、私だいたいどこも傷あるから。今持ってるその手首も痣が押されて痛い」

「ごめん…、でもリア。お前も一回止まってくれ」

「隠さずに話してくれれば止まるんだけど?」


ジンの顔の前に私もずいっと顔を近づけて、真顔で見つめた。無言のまま、一秒。二秒。そのまま十秒経って、ようやくジンは諦めたようだった。基本的にはジンの言うとおりにする私でも、絶対に譲れないものはあるのだ。

出来上がったスープを鍋から一掬いし、かちかちに硬くなってしまっているパンと一緒に私に手渡してくる。どうやらご飯を食べながら話してくれるらしい。とりあえずはレクサス突撃ミッションは一端の保留として、ジンの話をおとなしく聞くことにした。




どうやら今日の朝、一の鐘が鳴るよりも早くジンはレクサスの部屋に訪ねていたらしい。そして、昨日私達と話した内容を直接レクサスに聞いたようだ。


自分たちは数年をかけて準備をし続けてきたものだから、レクサスの物資を集める余力はない。お前がここから逃げたいのなら自分たちが脱出するときに一緒に連れていってやれるけど、逃げられたとしてもずっと一緒にいるわけではない。一緒にいてやれるのは最初だけで、どこか最初の村に着くなりしたタイミングで離れると。

ジンがどうしてそこまでかたくなにレクサスのことを避けようとしているのかは分からないけど、今の話しぶりからだとその理由を私に話してくれる気はさらさらないようだ。まだ隠されていることがあるのは不服ではあるが、ジンもジンでこうと決めたら一直線みたいなところがあったりするので、そこは聞かないことにした。


「それで、レクサスはなんだって?」

「僕は一人でやれって言われて、リアたちはお互いに助けてもらえるなんてずるいってさ」

「ずるいと言われても、だって私とジンは名付けの関係だし、モニカは自分から名乗ったから特にそういうのはないけど、私と最初のころから話していたし…ぽっと出のレクサスとは比べ物にならないと言いますか…」


何だか、フィードが大事にしていた子だから大事にしようという精神を持っていたけど、これはどうやら多分難しそうです。デフィオのもとから逃げるというのはそう簡単な行動ではないので、一緒に行動する仲間は信用できる仲間がいい。仲間に対して、ずるいとかそういうことを考えている時点で私的にはあまり積極的に関わりたくはない。


最終的にはそうこう話している中でレクサスが怒って、ジンは頬を叩かれたという話らしい。


「ごめん、ジン。私、結構後悔してる」


ぺちりとおでこを叩かれた。


「昨日から、謝りすぎ。レクサスには計画がバレてるんだから、できれば仲間にしたほうが良いのはそうだと思う。ただ俺が気になることがあるから、この話を出してきたレクサスをあんまり近い距離にこさせたくないだけだ」

「そっか」


いつでも優しいジンに対して、申し訳なくなった。私が何か大切なことを隠されたまま話が進んでいることもあるのかもしれない。何かジンだけが分かるものがあって、ジンがそれへの対処をしてくれているのかもしてない。何もできない自分の無力感が悲しい。


ちびちびとパンをちぎって口に放り込んでいると、寝起きらしいモニカが自分の分の食事を持って近づいてきた。「おはよう」という挨拶を交わしあって、私とジンの前にモニカが座る。

座った直後は意識がポケポケとしていたようだが、食事を進めるうちにいつも通りのモニカの表情になった。実はモニカはこんな感じで寝起きが弱い日がたまにある。ポケポケのモニカは、私より年齢はお姉さんだが小動物みたいで可愛い。


しばらく経ってから、ふとモニカが口を開く。


「眠くて忘れてたんだけど、ここに来る前にレクサスに話しかけられたの。確か、いつ脱走しようとしてるんだーとか、荷物はどこに置いてるんだーとか。でもちょっと考える体力がなかったから、分かんないって言っちゃった」

「それが良いだろうな。やっぱり気になることがあるから、レクサスにそういうことを聞かれたときは俺しか知らないとか、考え中とか、そういう風に言ってくれ」

「分かった」


ふわっとあくびをしながら返事をしたモニカに続いて、私もうんうんと頷く。そもそも最初にレクサスという人間を引き込んでしまったのは私なので、私がどうにかする必要があるのかな。どうするのがいいかな・


「私から何か言っておこうか」

「いや、良い。むしろリアはあんまりこいつと近づかないほうがよさそうだ」

「はーい」


ここはジンの言うことに素直に従うことにした。どっちにしろ多分レクサスとはあまり関わり合いたくないのでごめんなさいって感じだし、私もフィードへの情に流されてしまって余計なことを言ってしまう可能性もある

。毎度毎度ジンに頼っていて申し訳ないけど、こういう時はジンに最前線をお任せするのが良いだろう。


「ありがとう、ジン」

「いいよ。でもここから逃げられて生活できるようになったら、何か甘いものでも作ってくれ。前に話してただろ?」

「あー、クッキーのことかな?お茶に合うお菓子」

「何それ?」


ああ懐かしいと思いながら、その場にいなかったモニカにジンと話した内容を説明する。

その日は、用意できた食事が本当に少なくて、9割水スープにいつもの半分サイズのパンしか食べられなかった日だった。おかげでひもじくてひもじくて、想像だけでもお腹いっぱいになってやるとジンと食べ物の話をした。


孤児院育ちの人間で元別世界出身なので、何か地雷を踏みぬくことのないよう私が話したのは空想上の食べ物ということにした内容だ。実際には日本にいた時に好きだった食べ物の話なのでリアリティがあったらしく、後々ジンからクレームが入ったりもした。


甘いクリームのたっぷりのったショートケーキだったり、チョコチップがいっぱい入ったマフィンだったり、想像という体で自分の好きなものをわんさか話したのだが、ジンの想像上の好みお菓子はクッキーだったらしい。

どうやらあまりに甘すぎるものは好きじゃなさそうな気がするということで、苦い紅茶と一緒に飲んでもほんの少しふんわり甘さが香るくらいがちょうど良い気がすると話していた。


「その時は、お茶も一緒に用意できたらいいね」

「えー、私はショートケーキっていうやつが良いな。フワフワのスポンジとか、きっと幸せだよ」


頬に両手を当てながら空を見るように感嘆の声を上げているモニカにジンが笑う。


「あんまり考えすぎると、あの日の俺らみたいになるぞ」

「あの日の俺らって?」

「えー、モニカは今ご飯食べたばっかりだから大丈夫じゃない?」

「いや、絶対同じことになる。モニカ、もっと話きいてみろよ」


楽しそうに意地悪をするジンを頭を軽く叩きながらも、キラキラとした目で追加料理を希望してくるモニカに根負けする。さらに追加でいくつか想像料理を伝えたその時、モニカのお腹から「ぐう」っと盛大な音が鳴った。


少し恥ずかしそうなモニカに「ほらみろ」と笑ったジンは、多分あと2発くらい追加でモニカからはたかれても良いと思う。




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