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1.異世界転生



「お世話になりました」


昨日予告されていた通り、今日も熱が上がらずに朝を迎えられたので無事に退院となった。病院の受付で退院の手続きをして、その場にいるスタッフの方々に頭を下げる。


「お大事に」


幼少の時から何度も通っているので、顔見知りのスタッフさんもいた。「ありがとうございます」と言いながら手を振り、病院を出る。

どうやら今日は雨模様らしい。

昨日の晴天とは打って変わって、空の色は暗いし小粒の雨がざーっと降っていた。


これは、また濡れでもしたら寝込むやつだ…

寝込むことがないようくれぐれも濡れないように帰らなければ、まずい。病院の後に寝込んだとなると、父さんが絶対に心配する。気をつけないと。

そう決意しながら、私は背中に背負っていたリュックから防水の上着を取り出して身につけ、折り畳み傘を開いた。


今日は残念なことに家族の迎えはない。みんなどうしても変えられない予定があったため、一人で帰宅だ。まあね、もう23歳だから。一人で帰るからって寂しいとか思わないよ、別にね。帰ってしばらくしたらみんな帰ってくる予定だしね。家までの帰り道だって何度も通った道だし。


ぽとぽとと家までの道を歩きながら、コンクリートの上にできた水溜まりを避けて家に向かう。

たまに横を通り抜けていく車に水をかけられないかとひやひやしながら、どんどんと進んで行った。



そういえば、この前の犬は大丈夫だろうか。今日も雨が降ってるし、寒い思いをしてないかな。

帰りながら、ふとそんなことが気になり始める。傘も置いてきてしまったし、ちょっと覗いてみようかな。

もし犬がいたら、一緒に連れて帰るとかどうだろう。いないならいないで安心できるし、一瞬だけ、見に行こうかな。


病院帰りにやることではないような気もするし、脳裏に苦笑いの兄が浮かんできたが、気になってしまったものは仕方がない。私はそのまま神社に向けて足を進めた。



数分でついた神社には、あの真っ白もふもふ犬はいなかった。ついでにいうと、私が置いていた傘もなくなっていた。どこかで雨宿りができていればいいけど、すこし残念だ。きっとあのもふもふは、綺麗に洗ってドライヤーしてあげたら絶対に気持ちが良いと思う。

だってもふもふしてそうだし、洗ったら絶対に綺麗な白だし。


しばらく神社の中を探してみてどこにもいないことを確認し、諦めて家に帰ることにした。せっかく神社に寄ったのだから、お参りをしてから帰ろう。というかこんなに歩き回る前に先にお参りしてから探すべきだったかな…ごめんなさい、神様。


大きな神社では無いし、少し手入れがされていなさそうな感じの古びた神社だ。それでもしっかりと賽銭箱は設置されているし、その上には鈴がついていた。

賽銭箱に財布から小銭を取り出して投げ入れ、鈴をしゃらんと鳴らす。


二礼二拍手。


「一ノ瀬 志乃です。今日まで無事に生きてこれました。明日からもそこそこ平和で健康的な日々が過ごせますように。それから、ここで雨宿りをしていたお犬様のこと、どうぞよろしくお願いします」


心の中で呟いてから、深く一礼する。

うんうん、これで明日からも元気に過ごせるでしょう。

満足して神社を出て道路を反対側に渡った時、背中から「わん」と小さく鳴き声がした。


振り向いて、直ぐに気が付く。

あ、あの白もふわんこだ。


気付いた瞬間、傘を投げ出してその子を抱き締めて抱え込んだ。わんこよ、お前道路を走り抜けようとする時はちゃんと左右を見ないとダメだよ。大きいトラックが来てたんだから。


そんなことを思いながら体に感じる強い衝撃。

わんこが放り出されないよう、痛みを感じる体の中で腕に力を込めた。

打ち付けられた体の中で、わんこが小さく鳴いて手のひらを舐めてくる。

痛い、痛い、痛い。

ああでも良かった、君は無事だったんだ。


神様、お参りしてすぐこれはどうなの。帰ってから、家族とお喋りする予定だったのに。

ごめんなさい、父さん、母さん、兄さん。


視界に映る水たまりに、赤い血がじわっと広がっていく。

雨に濡れた体はどんどんと冷たくなって、動かなくなった。

唯一温かい腕の中の命は、一生懸命に私の手のひらを舐めてくれていたと思う。

薄れていく意識の中で、最後に家族の姿が頭に浮かんで意識が途切れた。





「志乃様」


何さ、何か眩しいな。ちょっと待って、今起きるから。


「志乃様」


そんなに呼ばれなくても聞こえてるって。でも体が痛くて痛くてそれどころじゃないんだって。もうちょっと待ってよ。

ってあれ、体、痛くないな…それに何だか温かい。


閉じていた瞼を開け、辺りを見回した。


「志乃様、こんにちは」

「こんにちは…どちら様でしょう?」


なんだか目の前にとても美しい女性がいた。それはそれはもう、人ではないくらいに。というか、ちょっと体が薄ぼんやりと発光してらっしゃる。これは絶対に人じゃない、何これ。


「あ、死後の世界ですか」


その呟きは目の前の女性にも聞こえたらしい。眉を下げながら弱く微笑んで、こくりと頷いた。

なるほど、ということはこちらの方は神様的なやつですね。


「わたくしはヘリス。死者を導くものです。

本来であればこうして人の前に姿を現すことはありませんが、志乃様はわたくしの大切な子を護ってくださいました」

「大切な子って、私の人生の中でそんな神様と関わることなんてありませんでしたよ」

「いいえ。どこからか迷子になってしまったわたくしの子を見つけ出して救ってくださったのは志乃様なのです」


そう言いながら、目の前にいるヘリス様は後ろを向いてどこかに手招きをした。


「わん」


あ、白もふ犬。


「この子、セラシアはわたくしの大切な眷属なのです。死者の国を歩む時、この子を連れていなければ死者を統率することができません。ですからこの子を見つけてくださった志乃様はわたくしの恩人なのです」


近づいてきた犬をそっと抱き上げて、大切そうに体を撫でているヘリス様を見て、安心した。

良かった、私の行動は無駄じゃなかったんだ。誰かの大切な子を護れたんだね。


「へリス様、私もセラシアを撫でても良いですか?」

「ええ、どうぞ。セラシアも喜びます」


花が咲くようにふわりと微笑む神様は、本当に美しい。セラシアの側に近付いて、そっと体を撫でた。

温かいしもふもふだしふわふわだしつやつやだ。

何度か撫でてあげると、セラシアが嬉しそうに小さく鳴いた。

ひゃー、可愛い。これはなんて可愛い生き物なんだろう。ずっと撫でていられるじゃないか。そんなことを考えながらもふり続けていると、私達のいる空間がキラキラと輝き始める。


「志乃様がここにいられる時間が残り少ないようなので、ご説明させていただきまね。

わたくしの眷属を護ってくださった志乃様には、第二の人生を歩めるよう、わたくしから祝福を与えさせていただきます。ただし新しい人生は、今まで存在していた世界ではございません」

「生き返らせてもらえるけれども、日本ではないってことですね」

「はい。全く異なる異世界に転生していただきますので、志乃様はどうか自由に過ごしてください」

「私、今までは虚弱体質でいろんなことを諦めてきましたけど、次は健康ですか?」

「わたくしから祝福を与えますので、強い身体になると思います」


なんて良いサービスなんだろう。今まで諦めてきたことに、全部挑戦できるなんて。

今までできなかったことを頭の中で数えながら、新しい人生というものに期待する。

ただ、一つ、心残りがあった。


「ヘリス様、私の日本の家族はどうなりますか?」


聞いた瞬間、へリス様の眉が下がる。

どうやら、言いにくいことみたいだ。


「魂を異世界に移動させるため、志乃様の存在は日本という地から消滅します。それはすなわち、志乃様に関わる記憶が全て消えることになるのです。

もし、志乃様がそれを望まないのであればここで人生を終えることを可能です。輪廻の輪に加わり、時が経てばまた日本に生まれ直すことができるでしょう」


「どうしますか」と問われて、少し悩んだ。

家族の記憶から消えるのは、悲しい。私はこの23年間、家族に支えられて生きてきたから。

それでも、私がいなくなったことで家族が悲しむなら、記憶から消えるほうが良いのかもしれない。

きっとあの人たちは、無理して笑うけど、ずっと悲しい思いを抱えて生きることになる。


「私の中にある家族の記憶は残りますか?」

「ええ」


うん、じゃあ良いや。それなら、私は大丈夫。

よし、決めた。


「へリス様、ありがとうございます。私は新しい人生を歩みます。

私の魂を別の世界に移動させてください」


ぺこりと頭を下げると、へリス様は安心したように微笑んだ。

腕に抱えていたセラシアを一度足元に下ろし、私の額に優しく触れる。


「志乃様、あなたが転生するのは“エルマリス”という国です。日本とは異なる文明が発達し、魔力という力が満たされた世界に移します」


私の頭の中に、記憶にはない光景が映し出される。どうやらこれがエルマリスという国の光景らしい。写真で見たことのある、ヨーロッパの風景に近いかもしれない。


「残念ながらわたくしの力では、志乃様がどのような場所に転生するのか、指定はできません。ただ、わたくしの祝福があなたの進む道の力となるよう願っています」

「ありがとうございます、ヘリス様。転生したら、へリス様に祈ります」


そう言って笑いながら、静かに目を閉じた。

へリス様の手が触れている所が温かい。きっとこれは神様の力によるものなんだろうな。今までの人生じゃ考えられない不思議な力に、少し緊張する。

私は無事に生きていけるだろうかという不安もある。

ぐっと手を握って自分の未来を考えていると、意識が引っ張られるような感覚がした。

遠くなる意識の中で、へリス様の声が聞こえてくる。


「神聖なるエルマリスの神々が、汝に永遠の祝福と力を授け、全ての試練を力強く乗り越えし者となれるように。光輝く未来を手に入れ、幸福に満ちた日々を送らんことを祈ります」


何か、かなり壮大な言葉で祈られてない?

エルマリスの神々って、へリス様だけじゃないじゃん。神様の力だけで百人力だね。


ありがとう、へリス様。へリス様とセラシアも、穏やかな時が過ごせるようにこの世界から願っています。



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