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9.地獄




片頭痛のようにガンガンと響く痛みと共に目が覚めた。同時に、口の中に酷い苦みを感じて何度か咳き込む。頭の中に靄がかかったような感覚で、自分がどういう状況なのかが分からなかった。


「どこだっけ、ここ…」


体を動かそうとするとみぞおちの辺りが痛んだ。どうしてここが痛むのだろうかと考えるがやはりいまいち記憶がぼんやりとしてしまってよく分からない。とりあえずこの真っ暗な場所からどこか明るい空間に行きたいが、どうやら手足を縛られているようでうまく動くこともできない。


「困った」


何かないかなと周りを見回してみると、ぼんやりと明りが漏れ出ているところがある。おそらくあそこが扉のようだ。やれることもないしと、ひとまず這うようにして扉まで向かってみることにした。どうやら床が石でできているようで、進むごとにどこかが擦れて痛む。これは水に濡れたらすごく滲みるやつだとのんきに考えながら扉に向かった。


「お、これはラッキーっぽい気がする」


這いずってる途中、指先にこつりと何かが当たった。後ろ手で縛られていてきちんと確かめることができないが、手触り的におそらく何かガラスのようなものでできた小瓶のようだ。これがあれば手足を縛っている紐を切ることができるかもしれない。しっかりと掴んで扉の前まで這いずり、壁に向かって投げつけた。

小瓶が壁にぶつかると同時にパキンと高い音が響き、一瞬やってしまったと焦る。ただしばらく経っても誰もここにやってくることはなく、どうやら近くに人がいないようだということが分かった。


後ろ手でガラス片を手に取り、何とか手を縛っていた紐を切る。途中で誤って皮膚を切ってしまって若干痛むが、ひとまず縛っていたものがなくなったので良しとすることにした。そのまま足の紐も切って、立ち上がってみる。体の節々が痛むが、普通に動けるようで安心した。


そうこうしているうちに頭の痛みも治まってきて、曖昧だった記憶も定かになった。そうだった、私はマントの男にここに連れてこられたんだった。フィオナに何か魔法をかけられたがうまくいかなかったのか、そのまま何か薬のようなものを飲まされて意識が飛んでたんだ。あの薬は何だったんだろう。一瞬、あの時の苦みを思い出して眉が寄った。


それにしても私が意識を失ってから、どれくらいの時間が経ったんだろう。意識を飛ばす前、フィオナが何かを言っていた気がする。なんだかやけに胸が騒ぐ。


「ジン、モニカ…」


確かここに来たときは馬で連れてこられたけど、マントの男が孤児院とこの家の距離はそんなに遠くはないと言っていたはずだ。私の足でもたどり着けると思う。急いで孤児院に向かおう。

夜の森を抜けるため道中で獣に襲われることを考えて、念のため先ほど手に入れたガラスの破片はポケットの中に入れて持っておくことにした。


目の前の扉に手をかけるとすんなりと開けることができる。捕らえられていたようなので鍵がかけられているのではないかと予想したが、そうではなかったらしい。もしかしたらあの飲まされた薬で意識を失っているはずだったから、この辺りの警戒が雑なのかも。どうして目が覚めたのかは分からないが、自分の体の強さなのか幸運だかに感謝しておこう。


念のため音を立てないようにして玄関のほうに向かう。やはり近くには誰もいないようですんなりと外に出ることができた。建物から離れるまでは気を張っていたが、しばらく離れたところでここまでくれば大丈夫だろうと思い走り出す。


一歩走るたびに体がきしむように痛んだが、休んでいられない。行く方向は分からなかったが、整備された道が続いていたのでその道に沿って進んでみることにした。


そのまま走り続け、どれくらいの時間が経っただろうか。おそらく鐘一つ分は経たない頃だと思う。ぜえぜえと息を吸い込みながら走っていたところで、何か焦げ臭さを感じて咳き込んだ。何だろうと思って周囲を見回してみるが、周りは木に覆われていてよく分からない。近くにあった高い木に上れば何か分かるだろうかと、上ってみることにした。


「嘘…」


見覚えのある建物が、燃えている。あれは私がいた孤児院だ。無我夢中で走り続けて、いつの間にか孤児院の側までやってきていたらしい。私が過ごしていた、孤児院が燃えている。どうして。何で。喉が詰まるような感覚がして痛い。二人は無事なのだろうか。


木から飛び降り、孤児院の方向へ走った。

孤児院の門に辿り着いた瞬間に、叫ぶ。


「モニカ!ジン!」


門の前には数台の馬車が置いてあり、側に何人かの子どもが血を流して倒れていた。急いで駆け寄って頬に触れてみるが、冷たい。目の前が暗くなるような絶望感に襲われた。


「何で…」


周りを見回してみると、見覚えのある大きな体が門にもたれかかっている。側に近づいて顔を覗き込んでみると、やはりこの孤児院を運営していたはずのデフィオだ。デフィオは体に傷はないようだったが、側の土に大きな血の染みがあり、口の端から血を流していた。手元には小瓶が握られており、瓶の底に色のついた液体が少しだけ残っている。

デフィオが何かを隠すために、孤児院の子を殺して毒か何かを飲んで死んだのだろうか。でも馬車は数台あるので、ここにいるのはデフィオだけではないような気がする。


今まで好き勝手に暴力をふるわれ、満足に食べ物も与えられず、それこそ殺したいくらい憎んではいたが、実際に死んだことを知ってもすっきりとした気分にはならなかった。むしろ目の前が回るような感覚で気持ちが悪い。デフィオはそのままにして、その場を離れた。


動かない足で、孤児院の中に入る。建物が燃えているせいで皮膚が熱いが、火の勢いはそれほど強くはない。誰か、いないの。進めば進むほど、見覚えのある顔の死体が床に無残に転がっている。酷く殴られたのか、顔が崩れて判別が難しいものもあった。胃液がせり上がってきて、耐えきれずに近くに吐き出す。痛い、気持ちが悪い。


覚束ない足取りで、モニカの部屋に向かった。遠くからでも扉が開いていることが分かる。息がうまくできない。喉が痛い。引きずるようにしながら足を進めて部屋の中に入ると、髪の毛が引きちぎられて血だまりの中に散らばり、手足が繋がっていない、モニカだったものが転がっていた。


「モニカ、モニカ、モニカ。何で喋ってくれないの。ねえ。モニカ。あの優しい笑顔を見せてよ。ねえ」


転がっていた死体の側に近づき、顔に手を添える。その顔は恐怖に引き攣っていて、普段のモニカの表情とかけ離れていた。抱きしめようと体を持ち上げるが、軽い。胴体しかないモニカは私の疲れ果てた体力でも簡単に持ち上げるくらい軽かった。

もう吐くことすらできない。涙がボロボロと零れ、モニカの頬を濡らしていく。


「誰に、やられたの。モニカ。髪も、きれいな髪だったのに。何でこんなことになってしまったの。一緒に逃げるって言ったじゃん」


慣れない孤児院の中で、それでもお姉さんとして私と過ごしてくれたモニカ。お別れの言葉だって、感謝の言葉だって、何一つ伝えられていないのに。

胃の中がグルグルと回って気持ちが悪い。


モニカを強く抱きしめ、ベッドの上に置いた。近くに転がっていた手足を広い体の側に置き、散らばった髪の毛も血だまりの中から拾い上げて頭の側に置いた。せめて顔だけはきれいにしたいと思い、自分の服で血を拭う。固まった部分があって完全にきれいにすることはできず、「ごめんね」と呟いた。


上から布団をかけ、最後にもう一度抱きしめる。本当だったら外にお墓を作ってあげたいが、ここで死んでしまった子たちを移動している間に火が回り建物が崩れ落ちてしまうだろう。ごめん。ジンを探したら、私もここで一緒に眠るから。モニカを一人にはしないから。待っててね。

モニカの頭を軽く撫でて、そっとその場を離れた。



ふらふらとする体で、ジンの部屋に向かう。その部屋も扉が開いていて、絶望した。


「ジン、入るよ」


小さく呟いて中に入る。部屋の中を見回すと、いくつか血の跡が残っていたがジンがいなかった。


「ジン?」


布団の下をめくってみたり、窓の隙間から外を探してみたが姿が見当たらない。もしかしてジンは生きているのだろう。一瞬心臓の鼓動が早くなった。

その瞬間、遠くから足音が聞こえる。この燃える孤児院に入ってくる人間なんて、この惨状を起こした人間の他にはいないだろう。側にあった花瓶を手に掴んで、扉を睨みつけた。


扉が開いた瞬間花瓶を投げようとするが、扉の外から「ラムバーノ」という言葉が聞こえたと同時に体が動かなくなる。手に持っていた花瓶は零れ落ち、床に当たって砕けた。


「お前、どうしてここにいる?」

「あんた、フィオナの手下の…ここにいる人を殺したのはフィオナってこと?」

「答える必要はないな」


ゆっくりとマントの男が近づいてきて、体が強張る。この場から逃げ出したいのに何か透明な紐のようなもので体が縛られている感覚で、体が少しも動かない。


「それにしても、あの薬を飲んで意識を取り戻すとは。やはりお前の魔力量のせいか」

「魔力なんて、知らない。孤児の私にはそんな力ない」

「魔力が一切ないなら、あの時の隷属の魔法が崩れるはずがない」


私の頬が無遠慮に掴まれ、無理やり上に向かされた。痛い。


「お前…目の色が変わっているな?」


体がびくりと震えた。これは昔も同じようなことを言われたことがある。ジンに怒った時だ。


「金は魔力量が高い証だ。普段は黒い瞳だが感情が高ぶった時にだけ色が変わるな。とはいえ、屋敷を出る前に飲ませた薬の効果で多少魔力も減ってるようだ。

 フィオナ様にお渡しすれば魔力の足しになるかもしれんな」


マントの男は私の髪の毛を掴み上げ、そのまま引きずるようにして廊下を歩きだした。体のあちこちがぶつかるし、一歩進むたびに髪の毛がぶちりぶちりと抜けているような気がする。喉の奥から呻くような声が漏れるが、男は一切気にせずに歩いてどこかに向かっているようだった。


「フィオナ様、お待たせをいたしました」

「遅いわよ。…その娘、屋敷に置いてきていたのではなくて?」

「どうやら薬の効きが弱かったようで、逃げ出してここにきていたようです」


その瞬間、フィオナがバチンとその男を鞭で打つ。男は痛む様子を全く見せず、「申し訳ございません」と頭を下げた。


「まあ良いわ。持ってくる手間が省けたわね。その娘をここに」


その言葉に男は頷き、私はフィオナが立っている側に投げ出された。同時に、自分の背中に何かが当たる。


「リア…?」


細く聞こえたのは、ジンの声だった。





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