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0.とある日の家族の1日



かたん、と聞こえた音に、意識が浮上した。

カーテンを開ける音と共に、燦々とした太陽の光が差し込んでくる。


眩しい、、

働かない頭でそんなことを考えつつ、重い瞼を開けた。


「志乃、おはよう」


声がした方に目をやると、穏やかな笑顔を浮かべている母の姿が目に入る。

少し小柄で優しげな顔立ちをしている母は、私が倒れるといつも一番に向かってきてくれる優しい母だ。


「おはよう」と返すと、私が寝ているベッドの側に近付いてきて、額に手を当てた。


「まだ少し熱があるみたい。下がるまではベッドにいないといけないわね」


少し眉を下げながらそう呟いた母は、私の上にかかっていた真っ白の布団を整えた。

言われてみれば、確かに体がほんのりと熱い。

いつも通りと言えばいつも通りのよくある感覚に、心の中で小さくため息を吐いた。


この身体は、かなり厄介だ。

大きく感情が上下したり、ちょっとでも無理をして動き回ったりでもすると、すぐに寝込むことになるか、プツンと意識を飛ばして病院送りになる。

幼い時からずっとそうで、大人になって働きに出てる今でも、こうして体調を崩しては家族に心配をかけた。

子どもの頃よりは確実に頻度は減ったというものの、23歳にもなって母にお見舞いに来てもらうなんて、なんて手のかかる娘なのか…


「いつもいつもごめんね、母さん」

「良いのよ、気にしなくて。今日なんてお父さんとお兄ちゃんがお見舞いに行くってずっと言ってて、体調が悪い時にそんなに沢山行ったら迷惑になるんだからちょっと待ってなさいって怒ったのよ」

「いつもそんな感じじゃん」


くすくすと笑う母に、こちらも小さく笑った。

昔と比べたら頻度は減ったとはいえど病院送りになるのは恒例行事なので、そんなに毎回家族揃ってお見舞いにこなくていいのに。うちの一家は恐らく他の家庭から見ると若干、過保護なんだと思う。

でも、こうやって大切にしてもらえるのはすごく嬉しい。

病院にいることが多かった子供時代は友達作りという活動に勤しむことは難しかったので、殊更家族の絆というのが心に染みた。

外遊びでもしたらすぐに倒れるような病弱な人間と付き合うのは、やはり誰だって面倒だろう。自分の好きなように遊びたい子ども時代なら尚更、私は周囲にとったら面倒な存在だったはずだ。わりと仲間はずれにされるようなこともあったりしたのだ。

とはいえ今より健康状態の悪い私が外遊びに活発的に明け暮れるなんてことはどうにも難しかったので、私の趣味は室内でできることになった。図書館に行って片っ端から本を読んでみたり、絵を描いてみたり、ピアノを弾いてみたり。

その年頃の子どもたちとは残念ながら合わない趣味だったし、寝込んでることも多かったけど、比較的楽しく過ごせていたと思う。

周囲とそこまで馴染めなかったが、へこたれずに、ひねくれずに育ったのは、父と母、兄の愛情の賜物だ。


「私はちょっと、先生と話してくるから。志乃はもう少し寝てな。そこまで酷くなさそうだし、お父さんとお兄ちゃんも呼んでおくね」

「うん、着いたら起こしてくれればいいから」


そう言いながら母が病室の扉に向かったのを見送り、私はもう一度目を閉じた。



一眠りしてから起きると、いつの間にか病室に家族が勢揃いしていたようで、3人の姿が視界に飛び込む。聞こえてくるテレビの音から、お昼の情報番組が始まったことに気付いた。

どうやらかなりの時間寝こけてしまっていたようだ。

もぞりと体を起こそうとすると、私が起きたことに気付いた兄がこちらを覗き込んで笑った。


「おそよう、随分寝坊助だな。もう昼前だぞ?」

「んー、おはよう。寝すぎたみたいで、逆に体が重いくらい」

「体調どうだ?軽く庭でも散歩する?」

「そうだね、熱は下がった感じがするし、日光でも浴びに行こうかな」

「おいおい、いくら熱か引いたとはいえもう動いて大丈夫なのか?またぶり返さないか?寝てた方がいいんじゃないか?朝はまだ熱があったんだろう?」


兄に連れられて外に行こうとすると慌てて止めてきた父に、小さく笑った。父が1番過保護である。多分未だに父の中で私は小さな子どもなのだ。23歳なのにね。


「もう、お父さんったら。さっき計った時は熱も下がってたんだし、本人が元気って言うならずっと寝てる方が体に悪いわよ。」

「そうだよ父さん、俺が一緒に行くし大丈夫」

「この感じなら明日退院でしょう?無理してないし、自分の体は自分がいちばんよく分かってるから、ちょっとでも怪しくなったらすぐ戻るよ。

保護者もちゃんと着いてきてくれるしさ」


母からも兄からも許可が出たのことを良いことに、さらにダメ押しした。

上着を手に取りながら、横に立つ兄さんに顔を向けて、保護者がいれば安心だろうという顔で父を見る。


2つ年が離れている兄さんは、いつも私を優先してくれていた。同じ学校にいた時は、私が倒れる度に頻繁に呼び出されていたし、大人になって仕事を始めた今だって何かあったらすぐ来れるようにと家に近い職場で働くことを選んだ。

恐らく私の今までの人生の中で一番側にいてくれたのは兄さんだ。何だかんだで私と同じくらい、私の身体のことも理解してくれていると思う。


ただ、これだけ迷惑をかけておいて言うのは少々気が引けることだが、恐らく兄さんは所謂シスコンに分類されてしまうタイプだろう。いくら兄という存在だと言えど、もし私がお姉ちゃんで妹が極度の虚弱体質だったらこんなに優しくできていただろうか。

…難しいかもしれない。

ずっと迷惑をかけてきたのに、それでも私を甘やかし続ける兄には頭が上がらない。

けど、多分これは傍から見たらシスコンだ。シスコン兄だ。とはいえ私も兄さんが好きだから、お互い様なんだけどさ。


「大丈夫なら良いんだが…志乃の予想通り、先生からは明日退院できると聞いているから、絶対に無理はしちゃダメだぞ」


最後の最後まで念押しして、父さんは私達を見送った。

ただ病院の庭を歩くだけなのに、すごく心配するんだから、いくらなんでも大袈裟だよ。

こんな歳になって父からあそこまで心配されるのは気恥しい。

とはいえ、そんな気恥ずかしさとは裏腹に、心はじんわり暖かかった。




兄と庭を歩きながら、寝過ぎで固まった体を上にグッと伸ばす。ポキッと関節から小さな音が鳴ったが、心地の良い伸び具合である。


「着いたら起こして良いよって母さんに言ってあったのに」

「だってあまりにも健やかな顔して寝てるんだもん、志乃。さすがに起こすのは忍びないなってなって、もうちょっと寝かしておくかって話になったんだよ。

 明日退院なら、家に帰ってからでも話せるしさ」

「そんなこと言うなら、大体いつもすぐ退院なんだから、毎回家族総出でお見舞いこなくてもいいんだよ?」


そんなことを話しながら、庭にあるベンチに並んで座った。熱が下がったとはいえ、ここで歩き回りでもしたらまた入院継続になってしまうので、無理は禁物だ。

ベンチに座って話しながら日光浴するくらいがちょうど良い。


「お見舞いは来るなって言われても行くよ、大切な家族なんだから」


そう言って、少し離れたところにいる小さな兄妹を見つめている兄は、きっと昔のことを思い出しているんだろう。

あれはきっと兄の中の小さなトラウマだ。



その日はまだ私が小学生だった頃の、真夏の暑い日だった。基本的に夏の暑さに弱い私は、外で行われる全校集会や体育の時間は木陰に座って、すぐ側に水筒を置きながら過ごしていた。

今じゃあもう許されないだろうけどその当時は結構根性論的な風潮があったので、他の学生は暑さに関わらず起立した状態で何も飲まずに先生の話を聞いていることが常であった。

みんなが立ってる中、私は随分穏やかに過ごさせてもらっていて申し訳ないなとは思っていたのだ。


そんな中で、事件は起こった。

その日は少し、タイミングが悪かったんだと思う。クラスのガキ大将的存在の男の子がその全校集会の直前で先生に叱られたことで、気がたっていたらしい。普段と同じように木陰に座っていた私に対して突っかかってきて、どう説明をしても納得をして貰えなかったので私は仕方なく日向の方に立った。

兄は後ろの方にいたので、私の姿は見えなかったのだと思う。


しばらくそのまま立っていたが、残念ながら虚弱体質の私である。最後まで立っていることは難しくて、「ああ目が霞んできたな」と思った瞬間には意識が飛んでいた。


聞いた話だと、どうやらその後は阿鼻叫喚。ぶっ倒れた私の倒れ方も悪く、後頭部から地面に突っ込んだせいでどこかで皮膚を切ってしまったらしく頭から血を垂れ流していたらしい。

兄はすぐ呼び出されたが、自分がその場にいたにも関わらず知らぬ間に私が倒れてしまったこと、ほんのり残る傷がついてしまったことを後悔しているようだ。本人に聞いたことは無いけど、何となくそんな気がしている。髪で隠れてるし、私自身は全然気にしていない。


頭を打ったことと、元々の虚弱体質が祟って、私は数日目が覚めなかった。その間の兄は、相当闇落ちしてたみたいだ。直接聞いたことはないけど、そんな話をクラスメイトがしているのを聞いたことがある。

恐らく、私の頭から血が出ているのを見てしまっていたから、生きるか死ぬかの瀬戸際くらいに感じられていたのかもしれない。心配かけてごめんね、お兄ちゃん。


ちなみに、ガキ大将には目が覚めて数時間後に土下座された。正直鬼でも見るかのような顔で謝られたので、何だかこっちが悪いことでもした気分だった。多分兄が尋常じゃないくらいに怒ったんだと思う。


感情0の笑顔を貼り付けて怒ってくる小学生とか、あのガキ大将はさぞかし怖い思いをしたんだろうな…

うちの家族は基本怒りはしないけど、怒りの感情が振り切れた時にかなり怖い。普通に怖い。

ただ、兄がそれ程までに激怒したのは私の記憶の中ではその一回だけだ。


そんなことをぼーっと考えていたら、兄が心配そうな顔をして「仕事が忙しいのか?」と口にした。どうやら今回倒れた原因が気になっているらしい。


「いや、仕事は普通。ただ今回は、ちょっと、別件」

「別件って何だよ」

「帰り道に神社を通るでしょう?そこで犬が休んでてさ。

 でも昨日は雨だったから、せっかく真っ白もふもふの毛がちょっと汚れてたし、何だかうるうるした瞳で見つめられたもんだから傘置いてきた」


私が、少し目を逸らしながら昨日の出来事を話せば、兄は呆れたように少し笑った。自分が虚弱なのが分かっているのに、犬の可愛さに負けたなという笑いだ。

いやだってでもね、可愛かったんだよ、犬。小さくて自分が守らなきゃとか思っちゃったんだよ。もふもふだし。


「あの子、神社の子じゃなかったら飼っても良いかな?」

「父さんも母さんも俺も動物嫌いじゃないし、志乃のお願いなら聞いてくれるよ。お前、なかなかそういうおねだりってしないから」

「ただでさえ迷惑かけてるのに、これ以上かけられないよ。我儘言えない」

「迷惑じゃないし、我儘じゃないし志乃はもっと甘えればいいよ」

「…シスコン」


ぽつりと呟いた言葉はどうやら兄の耳にもしっかりと聞き取れたようで、「こら」と笑っておでこにこつんとデコピンされた。痛いよ兄さん、暴力反対だよ。

じとりと見つめ返したが、兄は全く気にしてない顔で明日の退院について話し始めた。


兄さんめ、次は私がデコピンしてやる。

心の中でそんなことを決意しつつ、しばらく兄とお喋りをして、病室に戻った。



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