15 灰色の町に灯りをともすまで
皆さま、おはようございます。
先ほど、新曲をyoutubeに掲載いたしました。
いや~、時間とは本当に不思議なものですね。
アインシュタインによれば、時間は絶対的なものではなく、相対的に変化するもの。速いスピードで移動する人や、強い重力のもとにいる人ほど、時間の流れが遅く感じられるそうです。例えば、宇宙飛行士の時計と地上の時計とでは、ほんのわずかながら差が生じるといいます。
では、私はいったい、どこで生活しているのでしょうか?
そう思わず問いかけてしまうほどに、今回発表した新曲 Grey Town は、なんと2年前から制作を始めていたのです。
daito様のイラストが完成したのは、2023年の7月上旬。そして今回も変わらぬ素晴らしい唄声を響かせてくださった川上明莉様にお願いしたのも、その頃でした。
そうですか、2年ですか…… 2年……
この2年間、本当に、本当に大変でした。仕事は激務で、曲に向き合う時間は限られ、体力も気力も底をつきそうになりました。
けれど、それでも手放そうとは思いませんでした。(建前)
音に触れるわずかな時間が、私にとって時間の流れを支えてくれる重力のようなものだったのです。(本当はその音を制作するために押しつぶされそうでした)
今回の曲、とにかく全部が大変でした。
音作りでは、シンセの響きを調整するたびに世界が崩れてしまうようで、ひとつのプリセットに何日も悩む時もありました。
エフェクトもまた曲者でした。リバーブの深さひとつで空間の広がりがまるで変わり、ディレイの残響が少し長すぎるだけで曲全体が濁ってしまう。サイドチェインの効き方や、歪みの質感を決めるのに、何度も何度も耳をリセットしてはやり直しました。
構成もまた難産で、ただ音を並べるだけではなく、聴く人にひとつの物語として感じてもらえるように、イントロからドロップ、そして静寂へと流れるラインを、何度も崩しては積み直しました。
ミックスとマスタリングは、さらに容赦なく。
夜中にこれで完璧だと思ったバランスが、翌朝のスピーカーで聴くと崩れている。ヘッドフォンでは綺麗でも、環境が変わると低音が暴れてしまう。そんな小さな破綻を、何百回と拾い直しました。
休日の朝早くからぽちぽちと作業をはじめて、気が付くと外は真っ暗なんてことも……
そして、いったいどれだけの試作品があることやら……
最初に形にしたものと、今回youtuubeに掲載した完成版とでは、同じ曲とは思えないほどの違いがあります。
その間、お待たせしていた川上様には、折に触れて進捗を報告していました。
「50%ほど完成しました」「あと、もう一息です」
そんな言葉を、いったい何度お伝えしたことでしょう。もちろん、それは嘘ではなく、その時点では事実でした。
けれど、聴き返すうちに必ずやってくるのです。
「私が造りたい曲はこれじゃない!」
そう耳元でささやく悪魔の声が。ひぃーーー!
そんな時、川上様からはいつも温かい言葉をいただきました。
「大丈夫ですよ」「楽しみにしています」
その一言一言が、どれほど励みになったことか。もしあの支えがなければ、私は途中で投げ出していたかもしれません。
長い時間と気力を注ぎ込んだものを、また一から作り直す。そんな地獄のようなループが、気づけば2年も続いていました。
苦しかった……
そしてその原因は、はっきりしています。
それは…… 私がズブの素人だということです。
音楽との最初の出会いは幼少期。5歳のころ、近所のピアノ教室に通い始めました。珍しくもない、どこにでもあるような始まりです。
その後もレールに導かれるように進み、吹奏楽部に入り、大学では音楽サークルに所属しました。そして、バンド結成し活動。就職のため休止。その後自然消滅。
とまぁ、音楽は多少かじっております。
なのですが……
私は作曲したこともなかったですし、DTMを習ったことがありませんでした。すべて独学です。だからこそ、作業はどうしても遅くなります。
日本のDAWユーザーの実に40%近くの方がCubaseを使用しているとのこと。2位と3位の「Studio One」と 「Logic Pro」を合わせた使用者数と同じくらいの割合ですって。
ほへー……
一方、海外の調査では、私が使っているFL Studioはなんと60%のシェア! ですが日本では5%ほど。あららら。
「うーん、このソフト…… どうやって使うの?」
何かにつまずくたびに検索、また検索。youtubeなどでティーチャー探しです。
「え、に、日本人が良いんですけど、外国人の人しかいないの……」
そう、日本ではあまり使われていないDAWだから、日本語の先生が圧倒的に少ないのです。
では、なぜそれでもFL Studioを選んだのか?
それは、私が尊敬している、今は亡きアヴィーチーが使っていたからです。私にとって彼は、作曲を志すきっかけそのものだったのです。
ですが……
「アイキャント・アンダースタンド・イングリッシュ!!」
理解するのにも時間がかかり、そのたび心が折れそうになりました。
「ええー、この新しいソフト、自動でマスタリングしてくれるの!? すごーーい!」
感動して新しいソフトに飛びついては、設定に失敗し、せっかく積み上げてきた曲全体を壊してしまう。
「うきゃああああ、なんじゃこりゃー!?」
そんなことも、幾度となくありました。
それでも……
少しずつ重なり合った音の粒が、やがてGrey Townという町並みを描き出していったのです。暗闇の中で、ほんのり灯りがともるように。
まさか、自分の苦労や葛藤のすべてが、この曲名に重なっていくとは思ってもみませんでした。
本日、この苦闘した曲が、ようやく皆さまに聴いていただけることになりました。
2年という長い時間を費やし、何度も崩れては積み直した音の粒。
それが Grey Town というひとつの景色となり、今ここにあります。
灰色の町並みの中で、それでも灯りを探し歩く。
そんな私自身の姿が、もしかしたらどこかで、あなたの物語と重なるかもしれません。
どうか耳を傾けて、この「町」を…… 私と川上明莉様と一緒に歩いていただけたら嬉しいです。
https://youtu.be/8wDUeCxrh2Y?si=_necv0t6E2A0pZao