表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ひゃくものがたり

6. のろい

作者: 久那 菜鞠


 雨が降った次の日の朝、どろどろになっている道を嫌な気分で歩いていたら、おじさんとすれ違った。

この道はこの辺りに住む人がたまに近道に使う悪路で、人とすれ違うことは滅多にないからなんとなく記憶に残った。知らないおじさんだったけど、シュッとして良い感じのおじさんだった。

良い感じのおじさんだけど、こんな道を通って靴がどろどろになるのは気にならないのかな?とちょっと不思議だった。


 その日の帰り道、またその道を通って帰った。昼間は晴れてたので、朝に泥を踏んだ自分とおじさんの足跡が、綺麗に乾いて型が取れてた。これはしばらくの間残るだろうなと思った。経験上、次に雨が降ればまたどろどろになって足跡がなくなるのは分かっていた。天気予報では次の雨は明後日だ。


 次の日の朝、またあの道を通った。足跡はまだ残っていたので、泥の足跡の上を踏みながら歩く幼稚な遊びを思う存分楽しんだ。足跡を追うために下を見ながら歩いていたら、同じく残っているおじさんの足跡に小さな穴のような物が空いているいることに気付いた。しかも1つの足跡だけじゃなくて、どうやらおじさんの足跡全部に空いているようだった。昨日こんな穴あったかな?興味本位で一番近くのおじさんの足跡の前にしゃがみ込んで、穴に目を凝らしてみた。穴だけど、何かが中に入り込んでるみたいだった。指でちょっと穴をほじくってみる。


釘だ。

おじさんの足跡のど真ん中に、釘が深く打ち込まれていた。

気味が悪くて、すぐに立ち上がる。見える範囲の足跡を視線で辿ったけど、全部に穴が空いているみたいだった。

背中がぞわっと気持ち悪くなって、自分の足跡なんて関係なく急いで走り出した。

結局、鋪装されている道に出るまでの間にあるおじさんの足跡には、全部もれなく釘が打ち込んであった。

その日の帰り道は、違う道を通った。


 次の日の朝は、雨だった。ひどい雨だったので近道は使わず普通の道を通った。

帰りも雨が降っていたので、同じようにした。


 次の日の朝、パトカーのサイレンの音で目を覚ました。

何事かと部屋の窓から音のする方を見ると、近所の古い空き家にパトカーが数台止まってて、おまわりさんが慌ただしく動いていた。近所の人達が野次馬で集まっていたけれど、自分は怖くてなんだか近づけなかった。

空き家はあの近道の側だったので、立ち入り禁止になっていた。

その日は行きも帰りも普通の道を通った。


 次の日の朝、ニュースに近所の空き家が移っていた。

ブルーシートが掛けられて、黄色いテープが貼ってある。近所の風景だけど、ニュースでよく見る風景になっていた。

アナウンサーによれば、どうやら男の人があの空き家の中で死んでいたらしい。

○○市在住、職業○○、年齢(○)の○○さん。テレビに被害者の証明写真みたいな顔写真が映る。

あのおじさんだった。

おじさんは殴られたり刺されたりした痕がほぼ全身にあったらしい。

らしいというのはつまり、おじさんの遺体には、両足がなかったそうだから。

足は、見つかってないということだった。


 次の日、近道はまだ通れなかった。次の日もその次の日も、そもまた次の日も通れなかった。

窓から空き家の様子を伺っていると、野次馬とは別に、花を手向ける人達が何人も来ていた。おじさんの知り合いだろう。スーツを着た偉そうな人や、娘みたいな人に支えられながら泣いているおばさん、鮮やかな赤いスカートを履いた女の人、子供を連れた母親みたいな人、黒づくめのジャージに帽子の人。

みんな黄色いテープの仕切りの前、ぎりぎり空き家に近い位置に花を置いて、両手を合わせていた。

その様子を見ていると、あの日普通に何事もなく歩いていたおじさんを思い出す。

あのおじさん、どんな人だったんだろう。


 近道が通れるようになった。警察の人の現場検証?が終わったらしい。

まだ空き家にはブルーシートがかかっていたから本当に通って良いのかちょっと怖かったが、警察の人は誰もいなかったので通ってみることにした。


 朝の時間、いつもしていたように近道をあるく。証拠とかあったらどうしよう。道を歩くだけなのに変に注意深くなってしまって緊張する。あの日、自分とおじさんがつけた足跡は、跡形もなく消えていた。

あの日の雨は酷かったから、雨水やら道の両脇の泥やらがとにかく混ざって覆い被さって、足跡を消してしまっていた。警察の人、おじさんの足跡見つけられてだろうか。それに、あの釘も。

目を凝らして釘を探してみる。釘の穴にも泥が入り込んで、無くなってしまっているように見えた。

あんなにたくさんあった穴がなくなって、でもこの道の下に釘が無数の釘が埋まっていると思うと、気持ち悪い。しかも人の足幅に、だ。ゾッとする。


 探さないようにしているのについ下を向いてしまう。傍目からみると、うつむいてとぼとぼ歩いているように見えるだろう。でもやっぱり下を向いてしまう。


 下を向いている視界の中に、突然誰かの靴が侵入してきた。

かなり吃驚したけど、咄嗟のことで反応できなかったし、立ち止まったら変だと思ってそのまま歩き続けた。

女の人の靴だったと思う。それに、香水みたいな香りがした。今日はどろどろじゃないけど、なんで女の人が朝からこんな道を通っているんだろう。

振り返りたかったけど、振り返らなかった。すれ違った女の人が立ち止まって、こっちを見ている気がした。

いや、多分見てる。

だから、歩き続けた。怖かった。

そのまま歩き続けて、歩きながらそっと後ろを盗み見た。

女の人は、こちらに背中を向けて歩き進んでいた。

鮮やかな赤いスカートが、湿ったように重そうに揺れていた。


 次の日の朝、おじさんのニュースがやっていた。おじさんは、誰かに会ってくると奥さんに伝えて家を出たきり、行方不明になっていたそうだ。ニュースに映るおじさんの奥さんらしき人は、モザイクがかかっていたけど、喪服らしい黒くて品のある服を着ていた。

人が良くて、誰かに恨まれるような人ではなかった。インタビューを受ける人が口々に言っていた。

そのニュースに映る、生前のおじさんの優しそうな笑顔を見ながら、あの日のおじさんのどろどろになった靴を思い出していた。


あのおじさん、どんな人だったんだろう。



                     終



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ