81.イモウトとオサナナジミ
一時はどうなることかと思ったが、情緒不安定も解消したようで良かった。やっぱりダンジョン近くよりも環境のいい首都郊外へ住んだ方が精神に優しいのだろうか。
「ママはなんだって?
すっかり良くなったって聞こえたけどもういいの?」
「うん、もう心配ないみたいだね。
おじさんも喜んでるってさ」
「一時はどうなることかと思ったもんなぁ。
錯乱したり泣きだしたりふさぎ込んだりしてね」
「別にお前が面倒見るわけじゃなかったからいいだろうよ。
俺はもうどうしていいかわからなかったよ。
しまいにゃおじさんまで泣きだすこともあったしさ」
「まあでも丸く収まったなら良かったよ。
ウチの生活にも大きく関わるんだからね」
「そりゃ少しは負担が大きくなってるかもだけどな。
俺だって稼がないと食わせていかれないんだからさ。
なあそうだろ? あーあ、またこぼしちまった。
すまん、すぐキレイにしてやるから怒んないでくれよ?」
俺はいつものように慣れない手つきで虹子の口へスープ状の栄養ドリンクを運んでいたのだが、自発的に食べているわけじゃないからなかなかうまく行かない。こうやってすぐにこぼしてしまうのが申し訳なかった。
結局はいまだに起きたまま寝てるような状態のままだ。その現実を受け入れられず精神的不安が大きくなってしまった虹子の母親は、うちの母さんのススメもあって首都郊外へと引っ越していった。うちの両親の家からも近いらしいから安心だし、向こうへ行ってからは大分元気になったらしい。
当の虹子はと言えばうちでいっしょに暮している。紗由とはもともと仲良かったから誰からの反対もなかった。家の中は少し改装して車いすが二台でもぶつからないで済むようにもしてあるから十分に快適だ。
放心状態になってしまった虹子の状態が、いったいいつ戻るのかわからないし戻らないかもしれない。医療的には何か治療が必要な状態ではないらしいので精神的な物なのだろう。きっかけさえあれば突然治るかもしれないとの期待を込めて、今までとあまり変わらない生活をするためうちで引き取ったのだ。
理恵は高科先生夫妻が養女として引き取った。あの子の両親は、元飛鳥山二番隊隊長が結成したばかりの『フロンティアベア』という、探検隊の皮を被ったWDHの東京支部を壁でまるごと埋め尽くし、さらに水を充満させてその場にいた全員と一緒に死亡した。
あの時の爆発は、今回の事件で主犯とみなされたフロンティアベア隊長の高坂が丸夫妻と戦った際に起こしたものだったらしい。そして死亡者名簿の中には鶴城美菜実の名前も有り、丸夫妻から託されたWDH関係者のデータには名前が無かったためどういう立場だったのかわからずじまいのまま、事件に巻き込まれた被害者として葬られた。
この事件で命を落としたり逮捕連行された中には、他に部位欠損手術をされた者はいなかったと聞いている。俺はそんなことは悪夢だと思っているから早く忘れたいし、今後の研究テーマにするつもりもない。
虹子がこんな目にあったのだって、遡って無かったことになって欲しいと真に願っている。意識がはっきりしないままなのに、身体を拭こうとして脚の傷口に触れるとその度に体を硬直させてうめき声を出すのだ。きっととてつもない恐怖を味わったに違いない。
それでもこの世界では、この場所ではダンジョンに関わって生きていくしかない。どこへ行ったって大なり小なり関わって行くことからは逃れられない。
だから俺は今日もダンジョンへ潜り、せめて楽して稼げるようになるために動画配信を頑張るのだった。妹に華がないとか撮れ高がいまいちだとか言われるのも慣れてきたし、あれこれ要求されるのも楽しみの内だ。
三人パーティーに戻った時までに高ランカーになっといてゼッタイ驚かせてやる、それがいつの間にか俺の目標になっていた。それは決して夢ではない、絶対に実現させる目標なのだ。
そんな気持ちで今日も出発前に声をかける。
「紗由、虹子、行ってきます!」と。
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