79.カセツ
完全に夜が更けてからさらに数時間は経っている真夜中、暗闇の中に救急車の回転灯が見えてきた。俺は虹子を背負ったままで涙と鼻水が入り混じってグチャグチャの顔を拭くことも隠すこともなく泣きじゃくりながら立ちすくんでいた。
両手で持っている金属ケースについている冷却ファンの音がやかましくてイライラするが、これは虹子にとって非常に大切な物なんだから絶対に持って帰らないといけない。
「よし、こちらの担架に乗せて――
これが患者のものかい? よし、君も一緒に乗っていいんだよ。
彼女のご両親は先に病院へ向っているから安心して」
「はい、お願いします……
でも俺は歩いていきますから平気です。
能技大の救護課救急医療センターですよね? わかりますから……」
『おにい…… 一緒に行ってあげたら?』
『ちょっとやることがあるんだ。
紗由に調べてもらいたいから家に帰るよ……』」
俺は闇夜の中、荒川にかかった橋を全力で走りながら叫んだ。何言ってるかは自分でもわからないが、とにかく大声を出したかったのだ。虹子はこれから搬送され手術を受ける。そのまま入院していつ元気になるかもわからない。
それなのにバカみたいに付き添うだけでなんの役に立てるのか。俺が出来ることなんて探索程度しかない。それなのに虹子を危険な目にあわせて、あげくあんなひどい結果に……
傷跡を除けば脚の機能自体は元に戻るだろう。しかしそれまで何年かかるか、どれくらい大変なリハビリが待っているか。さらに心配なのは起きているのにどこを見ているかわからないあの視線だ。
事故などで大きなショックを受けた時に起こる症状だとは聞いたが、それはじゃあいつのことなんだ? 攫われた時のショック? いや可能性が高いのはあの脚……
「ちくしょう! バカヤロウ!
なんであの時すぐに見つけてやらなかったんだ!」
ようやくレンタルバイクの駐輪場まで来た俺は、索検カードで署名した後に一台引っ張り出した。これで能技大までの時間を短縮できる。その前にまずは家に帰ってあのカードメモリを解析してもらわなければならない。
レンタルバイク、つまりいつものっているミニバイクとは違って自分でこぐ必要があるやつで、分類的には補助動力付き自転車ってやつになる。それでも歩くより何倍も速いので便利は便利だ。
とにかく全開でこぎながら俺はまた叫んだ。さすがに民家がぽつぽつある場所なので、口にはマスクを当てて、だが。とにかくあいつらぶっ潰してやる。少なくとも能技大の学生に関しては全員始末するつもりだった。
もしかして美菜実も交じっているかもしれないがそんなの知るか。少なくとも元飛鳥山二番隊のリーダー、なんと言ったか忘れたが、あいつは絶対に関係者のはずだ。
それにしてもなんで理恵の両親はあんなに俺に謝罪し詫びていたのだろうか。それにあの腕と脚…… まさか自分たちに障害があるから虹子を同じように!? いやいやそれはいくらなんでも考えすぎだ。
どちらかと言うと、あの人たちも同じ目にあわされたと考えられないだろうか。先天的に欠損カ所を持って生まれてきた人は、ほとんどの場合テレキネシスを持っており、義足等を使ってごく普通に生活している。
しかし一割程度の人はその力を持っておらず、傷害と上手く付き合っていかなければならないのだが、そのかわりなのか、能力に関しては優れていることが多いと聞く。最たる例としては一番身近な紗由がそうだ。
妹はギフテッドと言われる超高知能に加えて多列処理脳による四思考同時処理能力を持って生まれた。全人口比では大した数ではなく全国でも数十人しかいないらしいが、総じて能力が一般的な人の数倍だと言われている。
それがもし後天的に作り出せるとしたらどうだろう。確か紗由の見立てでも理恵の父親のような広範囲に岩石を作り出せる能力はレアだと言っていた。母親だってスノーダイヤモンドを氷漬けにしたときにとてつもない水量を浴びせている。そして二人とも身体欠損があったのだ。
全国に数十人しかいないとされている能力者が、こんなへんぴなところでそこらじゅうにいるはずないと言うのもそうだが、そもそも理恵の両親は紗由が調査した時に特筆事項は無かった。そんな特殊な能力持ちであれば、記録を当たっているときに判明しているはずである。
能力を高めるための方法が有り、それは身体欠損を後天的に行うこと。もしかしたら細かい条件があるかもしれなくて、だからこそ理恵の両親は別の個所が切断されていたと考えられる。しかし今はそんなことどうでもいい。真実がわからなくても仮説として自分が納得できれば十分だ。
レンタルバイクを全力でこぎながら考え事をしていたら、あっという間に自宅へと帰り着き、急いで紗由へカードメモリを渡した。
「これは理恵の両親から預かったんだが、WDHの内部記録らしい。
ここに能技大や探索隊の協力者も載ってるらしいから調べて抜き出してくれ」
「それはわかったけど、虹子のところへは行かなくていいの?
今手術中なんでしょ?
終わった時におにいがいなかったら心細いと思うよ?」
「いいんだ、あいつが心細いとかいなくて怒るとか聞かされた方が安心だからな。
俺のせいであんなになっちまってよ…… もう耐えられねんだよ……」
「おにい…… それでもウチならそばにいてほしいと思うよ?
ま、無理強いはしないけどさ。
それとね、警察無線で聞いたんだけど尾久で大規模な爆発事故があったってさ。
聞いたことない探索隊の本部だったらしいね。
放火かテロか、なんて言ってて捕り物が続いてるみたい」
「もしかしたら理恵の両親がやったのかもな。
能力的には爆発なんでできそうにないから別件かもだけどさ」
「そうだねぇ。
よしこれで準備完了、暗号化されてるから解析に少しかかるよ。
おにいも一息入れよ? ウチはココアがいい」
「まったく仕方ねえなぁ。
一息入れろって言っておいてその相手に淹れさせるのかよ。
まあ俺も飲まず食わずでいたから少し口に入れとくか」
紗由の目の前にある端末ではなにやら沢山の数字が動き回っていて何かを計算しているようだ。それを見ながら紗由にココアを渡し、俺はカフェ・オ・レを飲んで待っていると、急に眠気が襲ってきてそのまま床へ転がってしまった。




