78.リョウシン
俺から理恵の名前が出るなんて考えてもいなかっただろう。それはこの驚きようが証明していた。
「あの、あなたは!? 理恵は無事なんでしょうか。
言われた通りに働いたのですからあの子に会わせてください!」
「いや和恵、この子は組織の人ではないだろう。
どう見てもまだ幼い子供だぞ?」
「俺は探索者です。
理恵がダンジョンに放り出された時、近くにいたので保護しました。
今はうちで元気に暮らしてますよ」
「えっ!? 理恵は外にいるのですか?
どこかに捕らえられてはいないのでしょうか」
「はい、今は能技大の管理下にいると言った方が安心できそうですね。
俺は学生で探索者をやってます。
もし理恵を餌に無理やり何かさせられているなら逃げても平気ですよ。
大学へ出頭してもらえたら悪いようにはしませんから」
「ありがとうございます。
でも私たちはもう理恵に会うことは出来ません。
捕らえられておらず無事ならそれで良いのです。
うちの人と一緒に罪の後始末をしたいと考えております」
「そんな、脅されて無理に手伝っていたのなら減刑も可能でしょう。
理恵のためにも罪を償ってやり直すべきです」
どうやら理恵が無事なのであれば、その組織? になにか仕返しをしようとしているように感じた俺はなんとかとめようと言葉をかけた。しかしどうも納得してくれそうにない。
「私たちはもう何度も取り返しのつかないことをしてしました。
死人が出ていないのはただの幸運なのですから。
ですが私たち自身が自分たちを許せません。
組織にも自分にも始末をつけるべき、そうさせてください」
「そもそも組織とはなんなんですか?
あと虹子はここにいないんですか?」
「組織とはWDHという団体ですが、あなたは逮捕に来たのではないのですね。
それに虹子さんと言うのはもしかして同じ年頃の女の子……?
まさか…… お友達なのですか?」
「先ほど誰も死んでないと言いましたよね?
虹子はどこにいるんです?
ここじゃなくて別の場所なら教えてください!」
聞いたことのある名前が出たのは認識していたが、虹子について知ってそうならわけのわからない団体なんて後回しだ。早く虹子の場所を教えてくれ、と俺はテーブルに手を付いたまま体を震わせた。すると父親のほうが口を開いた。
「お友達は奥の部屋におります。
その前にこちらを受け取ってください。
WDHの組織図と息のかかった探索隊に関するデータです。
それと資金提供していると考えられる関連団体、企業のリストも入っていました」
「そんなものどうでもいいんです!
俺は警察でもなんでもない、虹子を助けたいだけなんだ。
アンタたちの内輪もめにも関わりたくないんだよ!」
「わかっています、わかっていますが、私たちが持っているわけにはいきません。
あなたから警察へ受け渡してください。
どうしても自首は出来ないと言うことをご理解いただきたいのです」
今は話が一向に進まない方が問題なので、差し出されたカードメモリをひったくるように受け取った。そして虹子のいる場所を今すぐ教えるようにと胸ぐらをつかんで顔を近づけた。
「あの女の子はその奥の部屋にいます。
今は具合は良くないので安静に……
あと冷蔵庫の物もお持ち帰りください」
「本当に申し訳ございません。
なんのお詫びもできないどころか娘まで面倒を見ていただき……」
二人とも頭を深く下げて謝っているがそれは相手が違うと言うものだ。理恵の母親は大粒の涙をボロボロと流していて一見反省しているようにもみえる。しかし本当に悪いことをしたと言うのなら警察へ自首して罪を償うべきなのだ。それをしないと言うことは、自分が決めた贖罪の形にこだわった身勝手な人間と考えてしまう。
俺にとっては虹子が見つかりさえすれば犯罪者同士が告発し合おうが殺し合いをしようがどうでもいい。だから好きにやってくれりゃいいし、もし逃げるようならそれはそれで全国に手配されるだけだ。
個人生体情報が国に管理され丸裸なこの国で、手配犯が逃げ切るなんてことは出来やしない。どこの馬の骨かわからない奴だけに本当の自由が存在している、そんなことを言った人もいたっけ。
そんな二人、身勝手な理恵の両親を放っておいて俺は奥の部屋の扉を開けた。そこにはベッドに横たわっている見慣れた顔があった。
「虹子! 良かった、生きてるんだな!
無事で…… 無事で良か……」
ようやく会えた虹子は一見寝ているのかと思ったが、ベッドの上で虚ろな目をして空を眺めているだけだった。焦点は定まらず部屋へ入った俺に、それどころか目の前で叫んで声をかけていることにすら気がづいた様子がない。
『紗由、虹子を発見したけど様子がおかしい。
放心状態みたいになったままなんだ。
取り急ぎ救急車を手配してくれ!』
『了解だよ、それよりも動かせるようならその場は出ておいた方がいいかも。
さっきの二人が仕掛けた罠で閉じ込められるかもしれないしさ』
『それもそうだ、あまりに慌ててて基本を忘れてたよ……
まずは救命補助キットで緊急度を調べて――
OK、B判定だから動かしても問題ないな』
垂直の昇降口は、先に上っておいて後からロープで引き上げるしかない。あとは背中に背負っていけば経路的には問題ない。さっきのおっさんは腕がないから手伝ってもらえないだろうな。じゃあどうやって昇降してるんだ?
そう思ってさっきまでいた手前の部屋へ振り返ると、そこにはすでに二人の姿は無かった。どうやら本当に復讐なのか決算なのか知らないが、組織とやらの本部まで行ったのかもしれない。
改めて虹子へと振り返ってベッドに横たわっている姿を見た。見慣れたはずの幼馴染ではあるが、様子がおかしいだけでこんなにも違和感を感じるものなのか?
俺は寝姿に違和感を覚えながら何とも不吉な予感を持ちつつも、連れて出るために掛け布団をゆっくりとめくっていった。そのまま腰までめくったところで違和感の正体に気が付いた俺は、激しい動機と吐き気に襲われながら布団を全てはいだ。
するとそこには膝から下が失われた両脚があり、先端には包帯が巻かれていた。
「虹子…… なんでこんなことに……」




