68.ツマビラカ
予定を無視して研究室に押しかけて来てまで理恵が紗由へ連絡を取った理由、それは今までなんの気配もなかった出来事に気が付いたからだった。
「ねえねえ、紗由おねえちゃん、美菜実お姉ちゃんのこと見てる人いたよ。
りぇが検査してるところに美菜実お姉ちゃんが来てたんだけどね。
それを何人かで見てた、多分同じところに五人くらいいたと思う」
『えらいよ理恵、よくやったね。
これでもう迷うことはないからっておにいに伝えといて』
「ああ、俺も聞いてるよ。
どうやら本性表したってとこか?
こうなると目的が知りたくなるよなぁ」
『まあその辺はおいおいってことで。
しばらくは近寄らないよう警戒すればいいと思うよ。
問題は虹子がそうできるかどうかかな』
「そこは後で良く言い聞かせておくよ。
講義で会うだろうから気まずいだろうけどな」
人に裏切られると言うのは悲しいし悔しく、そして情けないものだ。しかも今回はずっと警戒してくれていた紗由に武器まで作らせてしまった。ムリを言って用意してもらったのに申し訳ないし、忠告を信じきれなかったことで妹に顔向けできない情けない気持ちだ。
しかし――
『おにいはモヤってるかもしれないけどウチはスッキリしたよ。
なんていうの? 自分の正しさが証明されるのって気持ちいいよね』
「そうムチ打たなくてもいいじゃんか……
仕方ないからお菓子開けていいよ。
好きなの一つだけ食べていいからかんべんしてくれ」
『オッケー、それじゃ今日の指導も頑張ってね。
配信もしないし、虹子が落ち込むようなら無理しないでいいからさ』
微妙な気遣いをされてしまったが、きっと早々にわかっていたのだろう。核心を持っているわけじゃないが、紗由のことだから入学写真だけを入手したとはとても思えなかった。
そんなことをいちいち深掘りするよりも、紗由に任せておけば大体はうまく行く。責任を取らなきゃいけない時だけ俺がしゃしゃり出ればいいだけだ。今は無事に機嫌取りがうまくいったことだけ喜んでおけばいいだろう。あとは予定通りに理恵を検査へと送り出し、虹子と共にダンジョンへと向かった。
「理恵ちゃんの言ってたことってさ……
やっぱり美菜実ちゃんの行動はおかしかったってことでしょ?
私すっかり信用しちゃって、リクにも紗由ちゃんにも申し訳ないことしちゃったよ……」
「そんなんどうでもいいって。
今後の付き合い方を考える必要はあるけどな。
あんま気まずくならないよう普通に付き合ってりゃいいさ。
もし美菜実さんが今まで通り接してくるならちょっとどうかと思うけどな」
「今日一緒になった講義では避けられてたけどね。
でもゼミと指導員変えたことで気まずいだけかもしれないし。
悪意があるのかどうかまではまだわからないかなぁ」
虹子はやっぱりお人好しでのんきなことを言っていたが、俺はすでに完全な警戒モードだし、なにがなんでも紗由に害が及ぶことだけは避けなければならないと、改めて決意を固めていた。




