62.キヅカイコウシ
例のマネキン事件から数日が過ぎた。しかし特殊捜査官や講師たちからはいまだになんの報告もなく、なんなら事件自体の周知もされていなかった。つまりこれはただのいたずらにしか過ぎなかったと言う見解なのだろうか。それならそれで、せめて調査結果について一言くらい欲しいものだ。
「いやあ、僕も報告待ちのままでなにも知らないんだ。
今の段階でわかっているのは、あの人形に危険性は無かったことくらいかな。
捜査官たちはタダのいたずらだと判断しているみたいだね」
「それならまあいいんですけどね。
何らかの意図で教えてもらえないとか隠されているとかじゃなければ」
「実際に目の当たりにした君たちの印象はどうだったんだい?
何か怪しげな目的や真意を感じたなら教えてもらいたいね」
「その場に人がいるように思わせる、それ以上はわかりませんね。
つまりは探索者たちを惑わせるように設置したんじゃないかなと。
目的はまったく思いつきません」
「ならばやはり捜査官が下す判断を待とうじゃないか。
色々考えることがあるからこそ綾瀬君が研究室に寄ってくれるのは嬉しいけどね」
「これからはちゃんと当日に素材を持ってくるって言ったじゃないですか。
今日はコケ類だけしか採取できませんでしたけどね」
「うんうん、それでも嬉しいよ。
以前のように面倒がって持って帰ってしまうよりはるかにね。
丸君のことを気にかけているのもいい傾向だと思っているよ。
君たちが兄妹以外に目をくれないことが心配だったんだ」
「それはまあそうかもですけど、虹子やあいつの両親のことも気にかけてますよ。
今まで先生が知らなかっただけで気にしすぎなんです」
「そうだね、それを知れて良かったよ。
たまには兄妹でご両親のところへ行ったりしないのかい?
それとも向こうから来てくれている?」
「いいえ、まったく。
メールでやり取りするくらいで会うことはないですね。
仲悪いわけじゃないですが、どちらも会いたいと思ってないから仕方ないです」
高科先生はなにかと俺を気にかけてくれる。それは父さんの知り合いだからというのもあるし、俺と紗由の実績や能力を評価しているからだ。かと言ってただのコマとして扱うわけではなく、きちんと対話して理解してくれようとの考えはきちんと伝わってくる。
それに引き替え両親ときたら、自分たちよりも紗由のほうが優秀だという理由で距離を取ってしまい、その溝を埋めようとすることもなく首都へ行ってしまった。離れてからのほうが関係性はまともになったのでそれ自体は良かったが、改善したのは親子としての関係性ではない。あくまで研究者、科学者の立場としての関係性である。師を超えていく弟子を疎ましく感じると言うのがきっと一番近いのだろう。
兄妹である俺と紗由の関係はそうこじれることもなく、紗由が三歳くらいの時にはすでに俺よりも賢かったし、何ならすでに大学校入学レベルだったらしい。三つ上で六歳の俺はそれを理解したから同じ土俵に立とうとなんて今まで一度も考えたこともない。その分紗由の助けになれる分野で頑張るだけだ。
その一つが探索に潜ることで、自分の足でダンジョンを進むことができない紗由の代わりに俺は何時間だって歩くくらいの心構えで潜っている。まあ妹の能力はおよそ戦闘には向かないものだから探索者にはならなかっただろうが、俺は未知の洞窟を進んでいくことを楽しんでいるのは確かだ。
毎週月木に行われる能技大での検査に理恵を送り届けてから研究室へ立ち寄ってから、俺はいつものようにダンジョンへと向かった。指導の無い平日は一人での探索なので無茶をしがちなのだが、それを喜ぶやつが必ず一人以上いるのでついついやり過ぎてしまう。
その期待に応えるためには出来るだけ大物を仕留めるか、滅多にない現象に遭遇するか、犯罪やトラブルに巻き込まれるかなどを想像するのだが、ここ最近はトラブルに遭遇することが多くて嫌気がさす。しかもそのどれもが未解決で半端な状態なのも気がかりなのだが、それほど頻繁ではないからか捜査官たちの調査が積極的ではないと感じている。
今日はおかしなことに出くわさないようにと願いながら、俺はダンジョン入口のゲートを通過した。




