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52.強メンタル

 いくらなんでもこいつは大物過ぎる。罠の効果があったことは嬉しいし、こんなデカい猪と遭遇したことを紗由は喜んでいるだろう。しかし倒したとしてもこれを持って帰るのは不可能なので戦うのが躊躇われる。なんと言っても凶猪(ダンジョンボア)では最大級サイズで、体長八メーターくらいはありそうな超大物なのだ。


イモウト(紗由)? これを倒したとしても三十階層からの運搬頼んだら赤字だよな?

 近くの階層に大規模パーティーや運搬業者いないかな?」


『一応確認してみたけど近くに運搬業者はいないみたい。

 あとは二十四階層に六人、三十三階層に三人ってとこかな。

 全体メッセージ送ればなんとかなるかもよ?』


「そっかぁ、あんまグダグダしていると配信でも叩かれそうだな。

 せっかく罠張って待ってるの見続けたのに何もしねえのかとか言われそう」


シックス(おにい)凄いね、エスパーみたいだよ。

 まさにその通りでそんなコメントがいっぱい来てる。

 コメントこんなに着いたの初めてだし、視聴者数だって二百以上だもん、すごい成長だよ!』


「それじゃさっくりとやっちゃいますかー

 それともじっくりのがいいのか?」


『少しピンチがあるといいかもね。

 視聴者は圧倒的か大ピンチを望む傾向がある、そんな気がするもん』


「相変わらず無茶を言う……

 一応やられれば痛いんだから数発だけだぞ?」


 そう言ってから俺はスタンガンを伸ばし、右手を垂らすように構えて猪の前へと歩み出た。相手はすぐに気が付いてこちらへ向きを変える。十数メーター離れているのに鼻息がここまで届いているような迫力だ。俺は左手に握りこんだフラッシュグレネードを猪へ向かって放り投げながら突っ込んだ。


 一瞬ひるんだ巨体が頭を左右に振ると、口元の牙が目の前をかすめていった。あんなのモロに喰らったら相当痛いだろうな、なんて考えながらその行き先を追うように殴りつける。すると猪はこちらの位置を把握したように向かってきた。


 俺は飛び上がりながら間一髪でかわそうとしたが、残念ながら超人的なジャンプ力があるわけではないのでかわしきれず、突進してきた鼻先で吹き飛ばされてしまった。キリモミしながら宙を舞い、さらに地面を数回転がってようやく止まったが、どうやら足の骨が折れたようだ。


 追撃が来る前に移動しないとやられちまう、とピンチを演出しているのだが、さすがに身体硬化を突きぬけて骨が折れたのは想定外過ぎて痛みが半端じゃない。ポケットからフラッシュグレネードを取り出して猪へ向かって転がすと、やつはまたひるんで十数秒は時間が稼げそうだ。


『シックス? コメントがいい感じにあったまってる!

 逃げろとかがんばれって言ってくれてる人もいるよ、良かったね』


「うるせえ、足の骨が折れちまってめっちゃ痛てえから黙っててくれ……

 なにがピンチの演出だよ、死んじまいそうだぜ」


『そうやって話せるならまだ平気ってことだね。

 もうそろそろくっついたころじゃないの? それでも痛みは変わらないか、あはは』


「笑い事じゃねえんだよ! マジで痛てえんだからな!

 グレネードじゃなくて鎮静剤もってりゃ良かったぜ……」


 俺の能力の一つ超回復で単純骨折くらいなら一分程度で治る。しかし痛みがすぐ引くわけじゃないので我慢は必要なのだ。戦闘に使うものはすぐ取り出せるようにあらかじめバックパックから上着のポケットへ移しておくのだが、フラッシュグレネードを四つと予備のナイフを数本用意しただけだったことを後悔している。


 それでも最後のフラッシュグレネードを投げた頃には無事に骨はくっついており、ここからの戦闘に不安はない。痛みはまだ残っているが我慢できる範囲だ。俺はゆっくりと立ち上がり再び伸縮棍棒(スタンガン)を短いままで構えた。今度は左手にナイフも持って倒しに行く構えである。


「ハッ! 行くぞ!」


 珍しく掛け声をかけてからダンジョンボアへ向かって走り寄った俺は、同じように距離を詰めてきた猪の鼻下にナイフを刺しながら腹下へと滑りこんだ。さらに腹へナイフを突き立てて力いっぱい切り裂いたが、胴体真っ二つなんてことは当然できず数十センチ切れ目が入っただけだ。


 きっと視聴者はここで落胆するんだろうな、なんて想像しながら思わず笑みをこぼした俺は、その切れ込みへとスタンガンを差し込んで最大出力で電撃をお見舞いしてやった。さすがの巨体でも切り裂かれ覗いている肉の中に電気を流されるのは苦しいようで身を捩らせながら暴れ始める。


 今こそ追撃をかましたいと腹下から転がり出て、一番下のあばら骨のすぐわきにナイフを突き立てる。さらに先ほどと同じように数十センチの切れ込みを入れてからスタンガンを伸ばして腰に構えて力を込めた。そのまま傷口めがけて全力で突くと、六十センチある刃に当たる部分のほとんどが体内へと突き刺さった。


 生肉に串を通すような固くて柔らかいグニグニした感触は十分な手ごたえと言える。そのままもう一度電撃を喰らわせるとダンジョンボアは四肢を突っ張らせながら横倒しになった。俺は手早く腹を割いてぶっとい動脈を切断した。


『シックスうう! さすがだよ、やったね!

 みんなすごい盛り上がってくれてお祝いコメントもいっぱいだー

 その分嫉妬や妬みもいっぱいだけどね』


「有名なやつはそんなのもっと大量で当たり前のことなんだろうな。

 メンタル強くないととてもやってられねえわ。

 俺引退しようかな……」


『面白くない冗談はいいからさ。

 今から全体メッセージ送るけど先着何名くらいにする?

 多分最大で九人だと思うけど』


「全員来てもらえると助かるな。

 それでも一人当たり相当な量になるぜ?

 今から解体するから人数わかった段階で教えてくれ」


『りょーかい! おつかれさま!』


 こうして今日も大立ち回りをした俺は、満足し休息とはいかず、獲物の解体を始めていた。


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