50.ジンルイのキボウ
紗由の調査(という名目のクラッキングだが)によると、丸理恵の両親は一家で首都郊外に住んでいたらしい。しかし『ウィル・ダ・ホープ』と言う宗教団体と接触した後行方が分からなくなっていたと言う。このWDHと言う宗教団体と関わって行方不明となったものは少なくないようだが、その全てが何らかの能力者であった。
この宗教団体は一、二年前から急激に信者数を増やし、首都圏を中心に集団生活をするための施設を多数設けていた。その頃から信者が家に帰らないだの行方不明だのと騒がれていたが、それは熱心な信者だったと言う事実が前提だったように記憶している。だが紗由の調べによると、ここ最近は無関係の人が初対面で姿を消しているようだ。
「おにいはどう考える?
あ、今はあの子の親のことね。
泥棒猫のことはひとまず後でいいや」
「泥棒猫ってのも酷い言い方だな…… 誤解かもしれないのに。
しかし理恵の両親はダンジョン荒らしに協力させられているとしても辻褄が合う。
隙を見て娘を逃がしたってことなんだろうか」
「WDHが主犯かどうかはわからないけど、関係はありそうだよね。
他にも行方不明者がいるってことは色々な能力者を集めてるのかも。
ランキングに乗ってる人たちはさ、持ってる能力が周知されてるでしょ?
その人たちを倒すために必要な能力者をあてがいたいんだと思うよ」
「ってことは、スノーダイヤモンドとサイドワインダーには水能力か。
つーか、なんで有名人ばっか狙うんだろうな。
単純に妬みなのか?」
「あのね、WDHっていうのはダンジョン至上主義を掲げてるの。
ダンジョンには意思があって人類の希望なんだ、みたいなこと言ってるみたい。
目的ははっきりしないけど、氷漬けにしたり進行妨害したりでやることが甘いのは不思議。
WDHとしては探索者を全滅させるつもりはないのかも」
「そうだよな、そこにちぐはぐさも感じるんだよ。
人を誘拐して無理に働かせてる割りにやることは足止めだけか?
スノーダイヤモンドの時なんて暗殺できる状況まで追い込んでるのになぁ」
「うん、大掛かりに仕掛けてランカーを貶めるだけなんておかしいよね。
もしかしたらまだ探ってるだけかもしれないから油断しちゃダメだけどさ」
確かに紗由の言う通り油断は絶対にしてはならない。直接狙われているわけじゃないが、もしかしたら理恵を取り戻しに来る可能性もあるし、俺や紗由、虹子の能力が有用だと思われたらさらわれかねない。
大した能力ではない俺はともかく、紗由はどんな行政でも企業でも組織でも役に立つ能力者だし、虹子だって対人を考えると使い方によってはかなり強力である。この二人の身の安全を考えるとうちか大学の寮にいた方がいいかもしれない。
「なあ虹子、お前はしばらく寮に入ってた方がいいんじゃないか?
もしそのWDHってとこにさらわれでもしたら大変だろ?
紗由はここにいれば安全だと思うけど、そもそも他に行く場所ないからな」
「おにい、そこは俺が護るからうちで一緒に住めって言わないと。
まったく甲斐性なしなんだもんなぁ」
「なに言ってんだお前は!
うちに住んだって別に安全じゃないんだぞ?
今後は防犯装置とか見直した方がいいかもしれない」
「そんなこと言ったら安全な所なんて無くなっちゃうよ。
寮だってずっと籠ってるわけにはいかないじゃん。
虹子だって気にしすぎになったら疲れちゃうよ?」
「お前は虹子にうちへ来てほしいだけじゃんか……
まったくそうやって我がままばっか言うなよ。
本人の希望はもちろんだけど、普通は親の意向もあるんだからな?
虹子だって勝手にあれこれ言われても困るよな?」
「えっ!? 私? えっと、そうね……
別に今狙われてるとかそんなこともないし、考えすぎかなと。
でも紗由ちゃんが歓迎してくれるならたまに泊まり来ちゃおうかな」
「そうだよ、そうやって積極的に行かないとね!
あんな上から読んでも下から読んでもトマトなんて子に負けないで!」
まったく紗由はどうにも美菜実を毛嫌いしすぎだ。こうしてそもそも何の話をしているのかわからなくなりつつ金曜の夜は更けて行き、虹子は明日の探索に備えて泊まって行くことになったのだった。




