37.メグマレテ
一晩寝かせた煮物は味が深まってうまみが増す、それくらいは常識だ。しかし三日目の朝となると状況は少し異なってくる。別に傷んだわけではないのだが、四食目ともなると飽きてしまって当たり前だ。
「あとはおにいが食べてよね。
ウチはオムライス食べるからおかずはちょっとでいい」
「わかったよ…… 全部煮込んだ俺が悪かった。
少しは焼いておけばよかった、マジで大失敗だよ」
「せっかくのワニなのにもったいなかったね。
でも本当においしかったんだから落ち込まないの。
次は半々にするとか覚えておけばいいんだからさ」
この危険区域内の家には基本的に冷蔵庫がない。水道や都市ガスが配備できないのと同様に、冷蔵庫やエアコンのようなガス配管を使用するものはすべてパンクしてしまうからだ。原理は未だに謎だが、ダンジョンから噴出する毒ガスが配管内の気圧へ影響を与え、内圧の急激な変化を引き起こす。しかし密閉容器や薬液パックのように大きな加減圧の無いほぼ一気圧の場合には影響がないのも特徴である。
そんなことを考え気を紛らわせながら、なんとかワニ肉の煮物を腹に押し込み出発の準備を始めた。今日も研究室へ立ち寄って武器を借りてから出発の予定だ。昨日は結局討伐隊の網にかからず空振り、今日も今のところ報告は来ていない。と言うことは安全性が確保されていないと言うことだし、今日は無理せず浅い階層でお茶を濁すとしよう。
「なあ紗由、配信が目的だからそんなに進まなくていいんだよな?
一応二十階層くらいを目途と考えてるんだけどさ」
「うんうん、そんなに潜らなくてもいいよ。
でもせっかく火器携行ってことならぶっ放してほしいなー」
「なんでもないところで撃ったら始末書ものだってば。
そうでなくても弾丸は実費なのにさ……
とりあえずは行ってくるよ」
「いってらっしゃい、お・に・い・ちゃん」
普段は俺のことをおにいと呼ぶはずの紗由がちゃん付けするなんて、なにか企みがあるに違いないとバレバレなので寒気すら感じる。一昨日の配信映像ではネコ耳と尻尾を付けたアバターだったから、きっとそれよりもマニア向けと言うのか、ウケ狙いのなにかにするつもりなんだろう。
そんなことを考えつつ研究室へ立ち寄り、申請書へ電子署名を行ってからショットガンを持ちだしバックパックへと固定した。高科先生は撃たなくて済むといいんだけど、なんて言っていたが、それはあのヤバい触手に遭遇しなければいいと言う意味ではなく、大きなダメージを与えずに無力化できると研究に役立つと言ういつもの考え方だ。
俺はもしかして周囲の人間に恵まれていないのだろうか、なんてふと考えたりもするが、普段は可愛くて素直な妹と、俺を慕って頼ってくれる幼馴染がいるのだから、これ以上を望むのはぜいたくすぎると言うもんだ。
中には地方からやってきたはいいが周囲と馴染めず、何年も一人きりで学習に没頭しているような学生もいるのだ。優れた能力を持っていれば誰かに誘われたりするだろうが、ただ高IQなだけだったりすると進む道がオペレーターくらいとなり社交性が無いとやっていけない、なんてことになる。
叔父さんの探索隊で活動していた時、叔父さんはそういう学生を積極的に使っていたが、俺には紗由がいるからそう言う形での後輩指導はできない。結局そういう学生はひたすら研究に精を出して誰かの助手になったり自分のゼミを持てるよう頑張ったり、はたまた就職や帰省していなくなる。
かわいそうな気もするけどこれも競争社会の名残だし、国民全員が平等な恩恵を受けられるわけではない。それでも大昔と比べれば学費や生活費と言う概念は存在しないんだから、少なくとも機会の平等は与えられている。後は超能力や身体能力に知能と言った才能と、努力する気概があるかどうかだ。
俺はいつもより神妙な面持ちでダンジョンへと入って行った。




