30.ブタジャナイ
豚を夢見てやって来た十八階層だったが、俺は思わぬ相手を前にどうしたもんかと思案していた。
「なあ…… こいつと戦わないとダメなのか?」
『うーん、流石のおにいも死んだら生き返らないだろうし……
逃げられそう?』
「多分大丈夫だと思うけど、これは討伐依頼出した方がいいかもな。
こいつはいったいなんていうモンスターなんだ?
イソギンチャク? ムカデ? まさか植物だったり?」
『データベースには該当なしって出るね。
姿かたちは撮れたから撤退でいいよ、逃げられたら、だけどー』
「気楽に言ってくれるぜ、まったく……
でも本体は動かないみたいだな。
それにしてもコイツ、一体どっから出てきたんだ?」
『岩場の裂け目から出てきたんだと思うけどなぁ。
あとで記録映像で確認してみるよ。
電気ビリビリは効きそう?』
「あんまり効果があるようには見えないなぁ。
フラッシュも効果無いっぽいし、やっぱこいつは植物系じゃないか?
火なら効くかもしれないけどそんな強烈な炎出す手段ないし……」
道幅一杯に広がった得体のしれない何かに、俺は帰り道を塞がれていた。通り抜けようにも触手が邪魔をしてくるし、頼みのスタンガンも効果無しで手詰まり状態である。本体は動けないようなのでまだマシだが、もしコイツが迫ってきたらと思うと身の毛がよだつ思いだ。
「とりあえず俺はコイツから離れて、場合によっては二十階層の安全地帯でキャンプするわ。
癪だけど討伐依頼出してくれ、炎系必須って感じでさ。
未知のモンスターだし喜んでくる奴いっぱいいるだろ」
『それじゃ諦める前に少しだけ戦ってよ。
いい絵が撮れると思うんだよね。
少し喰らったら諦めていいからさ、ね? おにいお願い!』
この口車にまんまと乗ってしまった俺は、スタンガンの先にナイフをセットして槍状にしたものを構えた。さっきまでは黒猫アバターの俺が短剣を振り回していたらしいが、今度はちゃんと槍持ちになっているのだろうか。
とりあえず相手の射程外から槍で突っついてみる。こっちへ向かってくる触手は別に伸びるわけではなく長さは決まっているようだ。数回やりあい間合いは把握できたので、戦っているようで実はたいしたことをしていない小競り合いでお茶を濁す。
『いいね、おにい、その調子!
視聴者が増えてきたからそのまま戦ってよね。
もう少し踏み込んで一発喰らうことってできない?』
やられて来いだなんてまったくひどい妹である。しかし俺の能力を知っているのだからそう言いたくなる気持ちもわからなくはない。なんと言っても俺の能力の一つには『超回復』なんて一見すると便利なものがあるのだから。
このおかげで危険を伴う実験に駆り出されたり、無茶な戦闘へ挑まされたりしてきた。別に不死でもないし痛みも感じるので出来るだけ避けたいのは間違いないが、紗由に頼まれると断れない、いいカッコしいな兄貴なのである。
というわけで、せっかく接近戦をやるのだから弱点を探っておきたい気もする。スタンガンの先をナイフからマルチジョイントに付け替えて、そこへ数枚の布を取り付けた。そこへキャンプ用の固形燃料を少し削ってから火をつける。まあ簡単な松明と言ったところか。
俺はさっきよりも近くまで踏み込んで、また槍を振るうように触手を突いた。するとやつは先ほどとは違ってかちあわせてこない。やはり植物らしく炎が弱点のようだ。これならそのまま通過できるかもしれない。
だがそれはいくらなんでも考えが甘すぎたようで、ちゃんと火の無いところを攻撃してくるくらいの知能はあるようだ。俺は、全身火だるまになって通過するしかないな、なんて恐ろしいことを考えていた。




