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街角簡易シミュレーター・AOIちゃん  作者: マーク・ランシット
7/30

KSテック社の社長室


「太田委員長の趣味ですか?」


 評価委員の一人である下田良人が首を捻った。

 集米出版からシューゼ社に出向している彼は、元々少年向けコミック誌の編集員だった。


 高校、大学とサッカー漬けの生活をして来ただけあって、180センチ近い身体は今でもガッチリとしている。短く刈った髪をハリネズミの様に尖らせ、あごにはヒゲを蓄えていた。


 隣に座っているのは、同じく集米出版から出向している開発部の芳川和也である。彼は技術系の出身という事もあって、下田とは違って大人しい感じの男であった。


「とにかく戦争好きって言うんですかね。口を開けばクラウゼヴィッツだの乃木大将だの、うるさくてしかたないっすよ。ホント」

 下田のその一言だけで、KSテックの小林社長には、太田の人となりが、大枠で想像出来た。自衛隊に勤務していた頃、その様なタイプの人間を数多く見て来たからだ。


「他に趣味はないんですかね、例えば車とか、女性とか?」

「車は好きみたいっすよ。BMWのロードスターに乗ってますからね。一度乗せて下さいって頼んだら、怒った怒った。なんつーんですかね、他人に自分のモノ触られるの極端に嫌いますよね。異常っすよ、あれ」


 小林は苦笑いをした。

 彼自身が独自で調べた情報でも、彼の異常な程の潔癖症を皆が指摘している。

 クラウゼヴィッツや乃木大将に傾倒しながらも、彼自身は極めて心の狭い人物である。所詮人は、自分に無いものに憧れるのかも知れない。


「それじゃ、女性とのコミュニケーションなんていうのは難しいだろうね」

 小林が女性についての話題を聞いた。


「あれじゃ、付いてくる女なんていないっしょ。っていうか、あの人には女性と恋愛の話しなんか出来ないと思いますよ。この前もレストランでちょっと可愛いウエイトレスから注文聞かれて、冷や汗掻いてましたから」


「女性と話するときは、いつもそんなに緊張するのか」

 下田の話に身を乗り出したのは、小林社長ではなく野川部長の方だった。

「いや、いつもって訳じゃないですけど・・・」

 チョッとしたジョークのつもりが、過敏に反応されて、下田は少し考え込んだ。


「そういえば、会社の女性とは普通に話をしてますよね・・・」

 開発部の芳川が言った。

「それは仕事上の会話だからですか?」

 小林が確かめる様に聞いた。


「いえ、仕事以外の時も普通に話してる時がありますね・・・」

 下田の声が小さくなる。

「何だよ、いい加減な話をしてるんじゃねーぞ」

 集米出版での上司でもある野川部長は、編集部時代の口調で怒鳴った。


「まあ、まあ。落ち着いて下さい」

 下田をかばう様に、小林が野川をなだめる。


「あっ、わかった!」

 突然、下田が何かを思い出した様に叫んだ。

「何だよ。早く言ってみろ」

 野川はまだ怒った口調である。


「あの人、ミッコリンの大ファンなんですよ」

「なんだ、そのミッコリンってのは」


「部長、知らないんですか。テレビに出てるでしょ。タレントのミッコリン。ミッコリン星とかいう星から遣って来た、オタク系のアイドル」

「いや、知らんな。そんなもん」


「部長も編集部から離れて、アンテナが錆び付いちゃったんじゃないですか?」

「うるせーな、この野郎」

 ムグググ。


 野川は下田のクビを掴んで揺さぶった。柔道4段のごつい腕に、さすがの下田も苦しい表情をした。


「太田委員長は、そのタレントのファンだと言うんですね」

 小林が確認する様に聞いた。


「ええ。あの時のレストランのウエイトレスが、そのミッコリンに似てたんですよ。だからあの人、汗びっしょり掻いてたんだと思いますね。間違いないっすよ」

 下田は、野川の分厚い腕から逃れながら答える。

「痛いなーー、もう」


「でも、それだけじゃ確実な証拠とは言えませんね・・・」

 小林の問い掛けに、下田は野川の方を恐れるように、後ず去った。その時、黙っていた芳川が口を開いた。


「僕も下田先輩の意見に賛成です。見ちゃったんですよ。あの人のパソコンの中。なんかの資料を取ろうとして、あの人の後ろを通った時、パソコンの画面がチラッと見えたんです。そしたら、ミッコリンの写真が待ち受け画面になってて、それに気が付いたあの人、もの凄い勢いで画面を切り換えたんです。あの慌て様は異常でしたね」


「なるほど・・・」


 小林は、その後も30分ほど下田と芳川から色々な情報を聞き出した。

 軍事オタクでありながら、ロリコン御用達タレントの大ファン。典型的な秋葉原系オタクである。


 小林の頭の中で、太田薫という人物がその弱点と供に、はっきりとした輪郭を伴って浮かび上がって来た。


「小林社長、こんな情報でなんかの役に立ちそうですか?」

 野川部長が心配そうな顔で聞いた。彼にとっては、取るに足らない情報の様に思えたからだ。

「ええ。結構有益な情報だと思いますよ。何にしても、敵の情報は一つでも多くとっておく必要があります」

「そうですか? それであれば良かったです」


「ところで審査委員の件ですが、改善される予定はないんですか?」

 小林は前回依頼した審査委員の件を持ち出した。

「それが・・・」

 野川が頭を掻きながら答える。

「審査委員の数を3人から5人にすることになりました。しかしながら・・」

 小林は口を挿まずに、黙って聞いている。

「親会社の影響がない中立の人間という事で検討したんですが、結局両社とも中立な人間なんて信用できないという話になりまして・・・」

 ここで、野川は申し訳なさそうに小林を下から覗き込んだ。柔道4段の男も、こと小林の前では大人しい飼い犬の様である。


「人数は増えたけれど、また親会社から一人ずつ選ばれたということですか?」

 小林の言葉に、野川は小さく頷いた。


「何も変わらないという事ですね」

 小林はそうつぶやいて天井を見上げた。それは、あきらめの表現の様にも見えたし、何かを模索している様にも見えた。

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