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街角簡易シミュレーター・AOIちゃん  作者: マーク・ランシット
4/30

 KSテック社の社長室。


 武蔵小杉の駅から横浜方面に向かって車で約15分ほど走ったところに、KSテック社はあった。4階建てのビルの一階には経理や総務と資材倉庫、2階と3階が開発部で、最上階には社員の食堂を兼ねた会議室と社長室がある。その社長室の革張りのソファーには小林社長とエリカ、そして二人の前にはシューゼ社の野川部長が座っていた。


「あの太田薫って何者ですか」

 エリカが質問した。その表情には嫌悪感が溢れている。シューゼ社の会議室でのあいつの顔を思い出すだけで、怒りが蘇って来た。


「彼は、西村専務の古くからの知り合いで、ゼーガ社のゲーム開発に数多く携わって来た業界では有名な男です。勿論、開発と言ってもモニターとしてですがね。彼が評価委員長をしている限り、KSテックの評価は厳しく成る筈です。今日のところは上手く切り抜けましたが、次回は一体どんな手を使ってくるのか心配です」


 野川部長はハンカチで額の汗を拭きながら答えた。

「ゼーガ社と関係の深い人間が、どうして評価委員長をやってるんですか?」

 エリカの口調は厳しかった。それもその筈である、シューゼ社の大熊社長がKSテックに開発への参加を依頼して来た時には、そんな話などおくびにも出さなかった。始めからこの事を知っていたら、KSテックは開発など引き受けなかったはずである。


 それが、新参者の会社の弱いところでね。ご存知の通り、シューゼ社は集米出版とゼーガ社の合弁会社です。私は集米の出身ですが、なんせゲームソフトの世界には疎い。評価委員の選定に当たっては、ゼーガ出身の西村専務の発言力がどうしても強くなってしまったと言う訳です」

 野川は言い訳がましく答える。その声が次第に小さくなっていった。


「という事は、他の評価委員もすべてゼーガ社側の息がかかっている訳ですか」

 小林がウーロン茶のグラスを置きながら聞いた。さすがに、彼の声には怒りの感情は見て取れない。


「いや、ゲーム関係者ばかりでは新鮮な評価が出来ないという理由で、3人中1人は我々の方から選出されています。ただ、あの太田と言う男は中々の曲者でね。これまでにも、あらゆる手段を使ってこの業界で生き残って来ました。彼の趣味は軍事シミュレーションでね、その趣味を活かして、勝つ為にはあらゆることを仕掛けてくるらしいんですよ」

 野川の苦悩の表情が、彼の手強さを如実に現している。

「軍事シミュレーションね・・・」

 小林社長の顔に笑みがこぼれる。彼の様な専門家にしてみれば、良く出来ているとはいっても、市販のソフトなどしょせんただのゲームに過ぎない。


「何か対策を考えないと、このままではすべてゼーガ社のソフトが採用されてしまうということですね!」

 小林エリカの口調は相変わらず厳しい。口調の最後に、その為の対策はアンタの方で考えるのが当たり前だろうという意味が込められている。


「残念ながら・・・」

 柔道4段の大男である野川が、身体を小さくして申し訳なさそうに頷いた。

「一般モニターを採用出来ないんですか。評価委員の3分の2が敵方じゃ、どんなに良いソフトを開発してもみんな低い点数を付けられてしまうじゃないですか」


「大熊社長が親会社を通じて打診しているところです。ただ、役員会での決定事項なので、直ぐに変更は難しい状況なんですよ」


 エリカには、野川のもの言いが歯痒くて仕方なかった。AV部門の評価は1ヵ月後に迫っている。

 (徹夜で開発している、私たちの立場はどうなるっていうのよ!!)


「太田氏の趣味ですが、使っている軍事シミュレーションソフトというのは、当然市販のソフトなんでしょうね」

 小林社長は、あくまでもその点に拘っている。きっと彼なりの狙いがあるのだろう。


「ええ。弊社側の評価委員である下田君に聞いた限りでは、市販の軍事シミュレーションソフトは全て評価しているようです。いわゆる軍事オタクってやつですね」

「そうですか・・・」

 小林は、そのまま何かを思索するように目を閉じた。


「社長、何かいい考えでも思い付いたんですか?」

 野川とエリカが互いに顔を見合わせた。

「もし太田薫という男が本当の軍事オタクなら、既にライバルである我々の事は調べ上げていると考えた方がいいでしょうね。ということは、我々も彼らの事をもっと知る必要があります。野川さん、その下田さんに一度会わせて貰えませんかね」

「分かりました。早速手配します」


 野川が帰った後、社長室には小林とエリカの二人が残された。

「父さん。私、頭に来ちゃった。こんな状況じゃ勝負になんないわよ」

 エリカはいつのまにか、社員ではなく娘の口調になっている。

「AVソフトの開発は、どこまでいっている?」

 小林は娘の質問には答えずに唐突に聞いた。


「80%ってところかな。ストーリーは既に終了しているんで、後はデータベースの作成とバグ出しが残っているだけよ」

「そうか。それじゃ、それは赤木技研に応援を頼むことにしよう」

「えっ、じゃ私たちはどうするのよ。尻尾を巻いて逃げ出しちゃう気なの?」

 ここまで頑張って開発して来たエリカ達にとっては、冗談ごとではない。

 勝負にならないという言葉を、父はギブアップと捉えたのだろうか。


「そうじゃない。我々もフリー部門に参加する事にするんだ」

 小林は、エリカの考えとは正反対の事を口にした。ただでさえ勝ち目の無い勝負に、更に深入りしようと言うのだろうか?

「ちょっと待ってよ、父さん。フリー部門に参加だなんて、何を考えているのよ。たった5ヶ月で、新しいソフトの開発なんか絶対に無理よ!!」


「そんな事は分かっている。ちょっとついて来い」

 父親の厳しい口調に、思わずエリカはハイと答えた。イザとなった時の父親の迫力は半端ではない。それもその筈である。元は自衛隊の上級幹部であった。


 小林がエリカを連れて行ったのは、1階の資材倉庫であった。


「なーに、これ?」

 倉庫の一番奥に、灰色のシートで覆われた装置があった。一見すると、駅でよく見かけるインスタント写真機の様だ。


「8年前にある人間に依頼されて開発した汎用のAIシミュレーション装置だ。占い装置に限定してあるが、エントリー部分を改良すれば色んな事に応用出来る筈だ。ある事件があって使用を中止したが、ソフトは完成している。これをお前に預ける。取り合えずは内容を確認してみてくれ」


「えー・・・」

 エリカは訳も判らず、そう叫んだ。

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