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街角簡易シミュレーター・AOIちゃん  作者: マーク・ランシット
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 彼女が立ち上がった途端、会議室の雰囲気が華やいだ。


 いつもはTシャツにGパン姿の彼女も、今日は紺色のストライプのスーツに身を包んでいた。耳元のサソリのイヤリングは父親からのプレゼントである。


「開発主任の小林です。まず、評価の対象についてご質問致します。評価委員会からの報告では、今回の主役は高校生。東京都内の私立校でクラスメートの女子生徒が番長グループに掴ったところを、主人公がヤマハのVINOを飛ばして登場し、素手で戦うというストーリーだと聞いておりました。しかし、審査委員長の太田氏は女子高生を成人女性に、バイクをBMWに、素手の喧嘩を拳銃に変更されました。これでゼーガ社のソフトと比較をされたのでは公平性に問題があるのではないでしょうか。なぜその様な選択をされたのでしょうか?」


 社長の大熊が、太田にそうなのかねと聞いた。しかし、太田はそれには答えずに立ち上がって答えた。口元には相変わらず不敵な笑みを湛えている。


「質問にお応え致します。こちらからあえてストーリー設定を連絡していたにもかかわらず、御社のソフトには幾つかの選択肢が用意されていました。であれば、他の設定も体験して見たいというのがモニターのプロとしての本能です。私には貴社からの挑戦の様に見えたのですが、そうではなかったと言うことですね。もし、自信も準備も不足しているのなら、目障りな設定は封印して評価に望むべきだったのではないですか?」


 太田は逆にKSテック側のミスを指摘した。さすがは、ゲームの世界で長い間モニターとして生き残ってきただけの男である。しかし、エリカも負けてはいない。

「わかりました。それは弊社側のミスという事にさせて頂きます。さて、幾つもの選択肢を用意していた事が、我が社からの挑戦ではないかとのご質問ですが、あえてイエスとお答えしたいと思います。


 今回のソフト開発について、貴社からの要求は“人工無知”のソフト開発でした。これでは、ユーザー側の選択肢は、あらかじめこちら側が設定したものしかありません。ただ与えられたままに体感視するだけです。そこで弊社は、“AI(人工知能)”を搭載したシステムで開発を進めてまいりました。そうする事によって、1本のソフトでユーザーは色々なバリエーションを体験する事が出来ます。今回は、ヒエラルキー(階層)を3段階まで上げてみましたが、更に階層を上げる事で、無限の可能性を引き出す事ができる筈です」


「1本のソフトで、本当に色々なバリエーションを体験出来るのかね」

 社長の大熊が質問した。その顔には興味津々と書かれている。開発費を少なく抑えることが出来れば、それだけシューゼ社は利益を上げることが出来る。


「その通りです。特にゲームセンターの様に多種多様なユーザーが利用する場所では、極めて短期間にソフト自身が自己成長し、多くのシチュエーションに対応できる様になるでしょう」

「それは素晴らしい・・・」

 大熊の言葉が終わらない内に、太田が立ち上がった。


「そのためのデータベースは一体どうするつもりだ。今回みたいにオッパイのデータが無いなんて事故が頻発するんじゃないのか」

 状況が不利と見た太田は、すかさず反論する。


「データベースは、弊社だけで製作する必要はありません。このハード上で、AVソフトや他のアクションソフトを動かすのなら、そちらで使っているデータベースをそのままこのソフト上にも流用できる訳ですから」


「何を言ってるんだ、君は。自分の会社にそれだけの力がいないからと言って、他社のキャラクターを利用するつもりなのか。何て薄汚い奴だ」

 太田はエリカの正当性を認識していたにも拘らず、あえて彼女を批難した。それは、集米出版の幹部たちが、ゲーム業界の常識など知る筈も無いと分かっていたからである。彼の役目は、あくまでもKSテック社のソフトを追い落とし、ゼーガ社のソフトを採用させる事であった。


「私が言っているのは、キャラクターの事ではありません。誤解を招く様な表現は避けてください。キャラクターは当然ソフトメーカーの所有物です。しかし、その骨格にあたるデータベースには共有出来る物があると言っているんです」

 エリカもシューゼ社の幹部たちを意識して答えた。


「データベースにはキャラクターも当然含まれる筈じゃないか。この業界の常識をもっと勉強しろ」

 太田は引き下がらない。彼は、AI(人工知能)ソフトのメリットを幹部たちに知られる事を阻止しようと懸命だった。ゲームソフトメーカーとしてなら、ゼーガ社は完全にKSテック社をリードしている。しかし、AI(人工知能)ソフト開発の実績はまだ無いに等しい。


「まあ、このテーマは別の機会に話し合うことにしましょう。小林主任、質問を続けてください」

 議題がわき道にそれたと感じた司会者が立ち上がった。


「ありがとうございます」

 エリカは、太田を無視する様に野川部長に頭を下げた。太田は敵意に満ちた表情で野川を睨み付ける。

「次に、太田氏の指摘された評価についてですが、これをご覧下さい」

 エリカが言うと、大型モニターにグラフの様なものが表示された。


「これは、プロット毎の太田氏の血圧と脳波のデータです。弊社がこの様なデータを測定しているのは、フライトシミュレーターを製造している関係上、一般的につけている為で、特に他意はありません」

 そのグラフを見た途端、太田が立ち上がった。冷静沈着がモットーの男の表情にありありと焦りの色が見える。


「評価委員会はこの様なデータの測定は許可していない。この様な違法なデータを使っての質問には答える義務はない!」

「私が許可したんだ。黙って質問を聞きなさい」

 大熊社長の大きな声に、太田は驚きの表情をし、そしてしぶしぶ腰を下ろした。


「この結果を見る限り、被験者である太田氏の血圧はZ4ロードスターのイグニッションキーを回した直後から徐々に上がり初めています。太田氏は2度空ぶかしをして、エンジン音を確認しましたが、その瞬間から血圧が急激に上昇しました。また、脳波の方も恍惚状態を表すθ波が若干ですが現れています。もしBMWのコックピット内での体感が、軽自動車並みだと評価されるのなら、何故この様な血圧上昇を招いたのかの説明がつきません」


 エリカは、そこで言葉を切って太田の方に視線を向けた。しかし彼は、テーブルのチェックシートに視線を落としたまま、彼女の質問を無視した。ゼーガ社出身の西村と田中の二人は、互いに顔を見合わせて小声で何かを囁きあっている。


「ひとつ興味深いのは、暴走族のリーダーがロードスターにナイフで傷を付けた時の太田氏の反応です。ビクンと血圧が250まではねあがりました。この数値は、ベンチプレスで50キロ以上の重さを持ち上げた時の数値に相当します。

 それは、ロードスターを傷つけられる度に跳ね上がり、鉄パイプでサイドミラーを叩き壊された時には290に達しました。いわゆる、“切れた”という表現がぴったりの状況ではないかと思います。これは、我々がAIソフトに組み込んだ機能の一つですので、若干説明させて頂きたいと思います」


 エリカは言葉を切って、大熊社長の方を見た。大熊は“イイゾ”とでも言う様に大きく頷いた。

「被験者の太田氏は、このソフトを楽しむというよりも、あくまでも冷静に評価するように努めていました。これは実際のゲームセンターでもありえる事です。その様な被験者に対して、弊社の開発したAIソフトはその被験者の弱点を予測します。太田氏の場合、ロードスターへの大きな反応から、被験者が車に対して大変な興味、もしくは愛着があると判断しました。そして、その部分を攻める作戦を立てたのです。それが、車体を傷つけるという行動です。それは見事に的中しました」


 エリカの説明に、太田は心の中で(まさか・・)と唸った。こんなチャラチャラした女にそんなソフトが作れる筈がない・・・。


「その後、太田氏は明らかにそれまでの冷静さを失いました。本来ならば、モニターとして暴走族から殴られた時の頬の感触や、殴った時の拳の感触を確かめるべきでした。しかし彼の取った行動は、怒りのままにM9(ペレッタM92の俗称)を乱射し続ける事でした。これが本当にプロの評価者の行動と言えるでしょうか。また、その時の血圧と脳波の状況を見ると、射撃の瞬間にはかなりの興奮状態にあったのが、その後は満足感、恍惚感へと変化しています。この様な満足感を得ながら、なぜ太田氏は我々のソフトに低い評価しか与えなかったのでしょうか?」


 エリカの説明に、太田の表情が次第に沈んでいった。血圧と脳波のデータは、シューゼ社の幹部たちを納得させるのに十分な説得力を持っていた。形勢は完全に逆転した。


「最後に女性の胸を触っている問題のシーンでは、血圧は最高値を記録しています。この時点での脳波をみると、いわゆる“勃起”と言える状況です」


「きっ、貴様、私を冒涜する気か」

 女性であるエリカのエゲツナイ表現に、太田は顔を赤らめながら立ち上がった。周りから失笑が漏れる。今度はエリカが微笑む番だった。太田委員長は小林エリカを睨んだまま立ち竦んだ。


「もし、女性の胸の感触が新聞紙を丸めた程度なら、なぜ貴方は、これほどまで興奮してしまったのですか。貴方がモニターのプロだと言うなら、評価55点のソフトに血圧を290まで上げてどうするんですか?」

「この・・や・・」

 太田は、顔を真っ赤にしたまま唸った。エリカは更に追い討ちをかける。


「弊社のデータ不足を批難される前に、冷静であるべき評価委員長が、興奮して女性のブラウスを無理やり引き千切ってしまうという“変体行為”に到ったことこそが、最大の問題ではないのですか?」


 ガンっ。太田は、真っ赤な顔で机を蹴った。

「貴様、許さん」

 エリカの方に飛び掛ろうとした太田を、他の審査委員が押さえ込んだ。事態の悪化を恐れた専務の西村が、さっと立ち上がった。


「それでは、みなはん。今日の評価会議をこれでお開きにさせていただきまひょ。野川はん、今後のスケジュールをいうてください」


 野川が慌てて立ち上がった。

「それでは今後のスケジュールを申し上げます。1ヶ月後にAV部門作品の評価を行います。テーマは、アイドル、高校生、初体験です。それから、3ヵ月後には、今回のアクション部門の最終選考を行います。テーマは、今回と同じです。それから親会社からの要望で、このシステムを使った新しい装置の開発依頼が来ております。取り合えずフリー部門と呼ばせて頂きます。このフリー部門の詳細につきましては、後日ご連絡させて頂きますので、宜しくお願い致します。それでは、他に質問がなければ、これで会議を終了したいと思います。皆さん長時間ご苦労様でした」

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