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街角簡易シミュレーター・AOIちゃん  作者: マーク・ランシット
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 KSテック社の社長室。


 その社長室の窓からは、遠くに美しい富士山の姿が見えていた。

 梅雨の谷間の久々の晴天だった。駐車場には、小林社長のBMWの横に大熊社長専用の黒塗りのベンツが停まっている。


 この日の社長室には、多くの人間達が集まっていた。

 シューゼの大熊社長、野川部長と芳川主任、そして評価委員の下田である。

「昨日の役員会で、アクション部門とAV部門での貴社のソフトの採用が正式に承認されました。本当にご苦労さまでしたね」


 大熊が嬉しそうに、エリカにねぎらいの言葉を掛けた。エリカが、いいえこちらこそと頭を下げる。

「それにしても、あの太田委員長のあの変身ぶりにはビックリしましたよ。一体全体どうなってしまったんですかね?」


 大熊が言っているのは、アクション部門の最終評価会議での出来事であった。

 太田委員長はその席で、KSテック社のソフトに100点満点を付けた。ゼーガ社側の評価委員の二人が前回同様の50点台であった事を考えると、彼らの間に何かの問題が発生したのは明らかだった。


 それだけではなかった、太田はその後ゼーガ社のソフトにまで言及し、人工無知のソフトでは将来はないとまで言い切った。西村専務が怒り狂った様に太田委員長を批難し、お前はクビだ等と叫んで会議室を退席した。相手が仲間割れしたのだから後の結論は簡単だった。


 結局のところ、装置にはゼーガ社とKSテック社、両社のソフトが採用されることになった。ゼーガ社のゲームは入門編といった低価格版で、KSテック社のソフトが高級版となり、ゲーム料金に差を付けられた。


 恐らくユーザーたちは、人口無知のゼーガ社製のソフトに飽きて、最終的にはKSテック社のソフトに移行する事が予想された。その為、最初からKSテック社のソフトだけで行くべきだとの声も上がったが、ゼーガ社の開発費用を捻出しなければならないとの親会社の意向もあって、この様な結論になった。


 それに・・・、もしゼーガ社製のソフトが不人気で使用頻度が下がっても、その時は単純にKSテック社のソフトに切り替えるだけで、対応する事が出来た。


「小林社長。あなた、何か汚い手段でも使ったんじゃないでしょうね」

 大熊の眼は、まんざら冗談でもなさそうだった。当たり前である、あの太田薫がいたからこそ、彼らはゼーガ社に全てを自由にされそうになったのである。ゲーム業界での大きな実績がなければ、親会社である集米出版の幹部連中も、ゼーガ社の意向に押し切られることはなかったのだ。


「金で買収したとでも仰りたいんですか?」

 小林が言うと、これまた冗談には聞こえない。

「金はゼーガ社の方が持っていますからね。一体、どんな手を使ったんです?」

 大熊ほどの人物であれば、小林が何かの手段を使ったことは分かっている。しかし、それがどんな方法だったのかについては想像が付かない。彼の目が、いいから教えなさいよと催促していた。わざわざここに出張って来たのは、そのためだと言っても過言ではないのだ。


「いえいえ、我々は至って真っ正直に戦っただけですよ。太田氏は一流の人物ですから、我々のソフトの将来性を見抜いたんじゃないでしょうかね」

 小林の皮肉にその場にいた全員が苦笑いした。

 彼の方も、簡単に手の内を明かすつもりはないようだった。しばらくの睨み合いが続いた後、大熊が降参した様に言った。


「まあ、この続きはいずれ酒の席で、戯言としてお聞きする事にしましょうか」

「分かりました。その時までに、何か面白い話でも用意して置くことにしましょう」

 小林社長の言葉で、その話には終止符が打たれた。


「ところで、フリー部門には、どんな作品を出される予定なんですか?」

 野川部長が待ってましたとでもいうように、身を乗り出しながら小林に聞いた。出来る事ならば、この部門でもKSテック社に頑張って貰いたかったのだ。


「それについては、エリカの方から説明させましょう。全て任せてありますので」

 小林はエリカに目配せをした。彼女は立ち上がって簡単なレジメを全員に配った。それには、簡易型シミュレーション装置からスタートして、色々な専門分野のシステムへと広がっていくKSテック社の開発のスケジュールが描かれている。


「フリー部門には、女性向けの恋愛シミュレーションをエントリーしたいと考えています」

 エリカの今日の服装は、地味な灰色の作業服だった。それでも若い下田と芳川の二人の注目を集めるには十分だった。彼らの視線は、さっきから彼女に注がれていた。


「女性向けの恋愛シミュレーションソフトですか、あまり馴染みのないソフトですね。それでお客を呼べますかね」

 野川の指摘は正しい。ゲームの世界でも色々なシミュレーションソフトが出回ってはいるが、1回の対戦に時間が掛かることもあって、ゲームセンターでは殆んど馴染みの無いジャンルのソフトである。


「すみません。ここで言うシミュレーション装置というのは、基本装置という事です。この表現では、ユーザーとしてはどんなことが出来るのか分かりませんので、実際の製品としては、恋占いだとか、人生占いと言うことになります」


「でも、単なる占い装置であれば、わざわざBVPSに搭載する意味は無いんじゃないですかね。もっと簡単なソフトは既にありますから・・・」

 上目遣いで芳川が口を開いた。エリカの視線が、彼を捉えてドキリとする。


「例えば憧れの彼氏との恋愛を占ったとしますね・・・」

 エリカが笑顔で芳川に語りかけと、ハイと彼は緊張しながら答えた。隣の下田がニヤ付きながら、肘で芳川のわき腹を突付いた。何だよ・・、と芳川が思わずタメ口を叩いて、何だと・・。ゴツンとゲンコツを食らった。


「普通の占い装置であれば、結論の導き方には2つの方向性が考えられます。一つは真面目に回答する場合、そしてもう一つはユーザーのお望みの未来を表現する方法です。しかし、どちらの回答についても、シューゼ社としては、ユーザーに対して何らかの責任を負うことになります」


 ボーっ、とした顔で芳川が頷いた。彼はエリカの顔を眺めているだけで、話のほうは聞こえていないに違いなかった。

「我々が計画しているのは従来型の占い装置ではなく、好きな彼氏とのデートを実現させてしまう装置です」


「もっと具体的な例を出して貰えませんか?」

 野川が、ボーっとしている芳川の代わりに質問した。

「そうですね・・・」エリカは少し考える振りをした。そして、芳川の顔を見て、何かを思い付いた様に口を開いた。


「もし、私が芳川さんのことを好きだったとします」

 えっ、と芳川が目を見開いた。その嬉しそうな表情に、下田が「馬鹿っ、例えばだよ」といって再びゲンコツを食らわした。イテッと、芳川が頭を抱えた。


「でも、芳川さんの気持ちが分からない。そんな時に勝手に芳川さんとのデートを楽しむ事が出来る装置なんです」

 芳川が、俺でよければ・・・と声を出さずに言った。しかし、その時エリカは別の方向を見ていた。


「なるほど、それは面白いかも知れませんね」 

 野川が腕組みしながら、頷いた。

「具体的にはどんな感じなんですか」

 野川の質問に、エリカがレジメを捲った。


「お配りしたレジメの5ページを開いて下さい。これが操作画面です」

 レジメには、操作画面の例が描かれていた。入力の項目が幾つか並んでいる。

「先程の例ならば、デートの項目を選びます。すると装置の方からデートしたい場所や、時間、相手の名前や身長などといった項目を聞いて来ます」


「Aまでとか、Bまでとかも聞いて来るんですかね?」

 芳川が恥ずかしそうに聞いた。社長室に静寂が訪れる。彼は質問した事を後悔した。


「考慮して置きます」

 エリカが事務的に答えた。

「相手の写真などのデータを入力する場合には、スキャナー装置やUSBのコネクターも搭載可能です。また、インターネットと繋ぐ事で、渋谷とかディズニーランドとかのデータも取り込めるので、臨場感のあるデートが楽しめると思います」


「それって、アイドルなんかとのデートも可能なんですか?」

 下田が恐る恐る聞いた。何か、具体的なターゲットでも有るのだろう。

「肖像権とかの問題が発生するので、その辺のところは専門家との打ち合わせが必要では無いかと思ってるんですが・・・」


 エリカはこんな風に説明したが、実のところは既に女性向けAV部門ソフトの中で実験していた。

 新たに加わった2名の評価委員がどちらも女性だったため、女性向けのオプションを加えていたのである。

 その追加された部分はヒエラルキー(階層)を4段階まで上げ、父から譲り受けたシミュレーションソフトを導入していた。


「いや、面白い。実に面白い!」

 大熊が、大きな声で叫んだ。

「それが出来たら、私は是非とも大原麗子とデートをして見たい・・・」

 大熊の言葉に、若い二人が顔を見合わせた。誰だよ、オオハラレイコって・・。


「それと、これはこちらからのお願いなんですけど。既にソフトは90%完成しています。御社(集米出版)とゼーガ社の女性社員をモニターとして協力して頂けないでしょうか?」

「もちろんです。全面的に協力しましょう」

 エリカの言葉に、大熊が大きく頷いた。


 その時、ドアが開いて社長夫人である専務が顔を覗かせた。

「ちょっとしたおつまみとお酒を用意しましたので、召し上がってください」

「おお、それはありがたい」

 大熊が嬉しそうに言った。

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