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街角簡易シミュレーター・AOIちゃん  作者: マーク・ランシット
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 赤坂の料亭。


 6畳ほどの座敷には、10人の男女がいた。

 西村専務と田中主任。ゼーガ社の宮地とその部下の浜口佑子、そして今夜の主役太田薫と彼の為に用意された若い芸者たちであった。

 太田は、若い芸者に挟まれて、何杯もおちょこを重ねている。


「太田はん。今回はお手柄どしたな。評価委員会に遅れると聞いた時は、正直尻尾を巻いて逃げ出したんかと思いましたで」

 西村がキツイ皮肉で太田の労をねぎらった。その西村も芸者に酒を注がせては、一気に盃をからにする。


「あの佐々木の奴を説得するのに手間取ってしまいました。最後の最後になって、社長を裏切る訳にはいかないなんて言い出し始めて、ホント困り果てましたよ」

「しかし、あの小林って社長、なんであんなに無抵抗だったんでしょうかね。あれじゃ、嘘だと知っている我々だって、あの佐々木って男の言ってる方が正しいんじゃないかと勘違いしますよ」

 既に顔を真っ赤にした田中が首を傾げながら言った。胸の痞えが取れた所為か、言葉とは裏腹に口元には笑顔が弾けている。


「それが自衛隊出身者の弱点です。彼らは自分の部下が、上官に対して反撃してくるなんて想像も出来ないんです。だから、彼は余計な反論などせずに、ただ情けないとだけ口走ったんです」


 これまた勝ち誇った顔で、太田が答えた。まさにしてやったりの表情である。

「もしかして、太田さんはそれも見越していたんですか?」

 今度は宮地がいかにも驚いた様に聞く。太田の自尊心をくすぐるためである。彼の横では浜口佑子が赤い唇を歪ませて笑っている。見ると宮地の左手が、浜口佑子の膝に乗せられている。ここに集まった仲間内では、既に公然の仲になっていた。


「当たり前じゃありませんか。私は自衛隊についてはプロですよ。忘れてもらっては困りますね」

 彼は胸を張った。彼の永遠の恋人こそ自衛隊であり、彼の夢はその存在が世界中から認められ、アメリカ軍と対等の関係を築き上げる事であった。


「いやーー、これはお見逸れしました。太田さん。さっ、今日は全て忘れて飲みましょ、飲みましょ」

 宮地がビールのグラスを掲げながら言った。とにかく、彼は上機嫌だった。それもその筈である。殆んど負け掛けていた仕事が、全てゼーガ社のものになったのである。それは、シューゼ社のソフトを担当していた宮地にとっては出世の大チャンスであった。


 長老の西村と酒の苦手な田中は1件目で家路に着いたが、勝利の余韻を楽しみたい宮地と太田は馴染みの店を何軒か梯子した。あのエリカの悔しそうな顔を思い描く度に、達成感が胸を満たした。


 気が付くと、彼は自宅のベッドの中にいた。超高層マンションの30階。所狭しと艦船や飛行機のレプリカが飾られている部屋の中で、大型液晶テレビの下のデジタル時計が、3:20を示していた。


 開けはなれた窓のカーテンが風でかすかに揺れている。そのカーテンの影に人間の姿を見つけてビクリとした。

「だ、誰だ・・・」

「私よ、太田さん」

 その声は、アイドルのミッコリンだった。

「ミッコリン・・?」


 あの時と同じ白いTシャツに白いスカートの彼女が、立っていた。

 雨に濡れた訳でもないのに、なぜかピンク色の下着が透けている。

「中に入ってもいいですか・・・」

 太田は夢だと思いながらもコクリと頷いた。彼女の透き通った白い素足が、ひんやりとした感覚と供に彼の左手に触れた。

「あっ」その瞬間、太田は再び深い眠りについた。


 翌日の朝、目が覚めると、昨日の夢を思い出して部屋の中を見回した。ミッコリンの姿はどこにも無かった。時計は10:25を指している。

「やっぱり夢だったのか・・・」


 彼は、頭の痛みに耐えながらベットから抜け出した。彼には今日のうちに遣って置きたい事があった。それは、あの小林エリカにとどめを刺す為の儀式である。

 太田はそそくさとシャワーを浴びると、簡単な朝食を取った。コーヒーにミルクを入れている時に携帯が鳴った。


「あっ、宮地ですが。昨夜はお疲れ様でした。無事に帰れました?」

 宮地の起き立てのガラガラ声が耳に響いた。不必要に大きな声である。

 受話器の向こうでオンナの声がした。きっと浜口とかいう部下だろうと、漠然と思った。


「ええ、何とか・・。正直、あんまり覚えてないんですがね」

「私もですわ。あんなに飲んだのは久しぶりですよ。でも、本当に良かった。今日はゆっくりなさって下さい」


 あんたはオンナとホテルでゆっくりするって訳か。太田は心の中で思った。


「ちょっと遣って置きたい事があって。これから会社に行くつもりです」

「今日は土曜日ですよ・・・?」

 宮地が、今日くらいはいいじゃないですかと詰め寄る。


「例のKSテックの装置を撤去させようと思ってましてね」

 太田は嘘を言った。彼の遣りたいのは別の事である。


「ああ、そうなんですか。さすがに仕事の出来る人は違いますな、それじゃまた」

 宮地の横で、オンナの急かす声が聞こえた。彼は慌てて電話を切った。

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