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街角簡易シミュレーター・AOIちゃん  作者: マーク・ランシット
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 シューゼ社の会議室。


 今日の隅田川は雨に煙っていた。

 川に掛かる橋の上を、色とりどりの傘を刺した人々が通り過ぎて行く。行き来する船の姿も、今日ばかりは何故か憂鬱そうに沈んで見えた。


 アクション部門の最終評価を終えたばかりの評価委員4人が、シューゼの役員やKSテック社の前に座っていた。しかし、そこには太田委員長の姿はなかった。司会はいつもの様に野川部長である。

 KSテック社からの抗議を受けて、評価委員はこれまでの3人から5人になっていた。しかし、結局のところ追加された2人もゼーガ社と角蔵出版社の色がついていたので、状況はこれまでと同じだった。


「3ヶ月前に第一次審査を通過したKSテック社のアクション部門作品の、最終審査会を開始いたします。委員長の太田氏は別件がありまして後ほどの参加となります。


 今回は、太田委員長を除く4人のメンバーで評価を行いました。それでは、まず下田委員から評価結果を発表して貰いたいと思います」


 いつものラフな格好と違って、長袖のボタンダウンにニットのタイをした下田が立ち上がった。


「こんにちは。評価委員の下田です。評価結果を発表する前に、まず評価の基準についてお話しておこうかと思います。

 と、言いますのは、KSテック社の製品はゼーガ社のソフトと違って、幾つかの選択肢から色々な内容を選ぶことが出来るからです。


 今回は、4人全員が全て同じ選択肢を選んでおります。

 ちなみに内容はゼーガ社と同じ、高校生、バイク、素手でのアクションです」


 ここで、下田は言葉を切って楕円形のテーブルに座っているメンバーの顔を見回した。ゼーガ社側の西村専務と田中主任が、不安げな顔で下田の方を見ていた。


 それもそのはずである。頼みにしている太田委員長が出席していない為、角蔵出版社側の2名は合格点を付けるに違いないからである。


「結論から申し上げると、私の評価は98点です」

 その言葉に、角蔵出版出身の大熊と野川が、そしてKSテック社の二人が顔を見合わせて微笑んだ。


 ガチャ。その時、会議室のドアが開いた。


「太田はん」

 そう叫んだのは、西村専務だった。太田の横には、もう一人の男が立っていた。その男の顔を見た小林の顔が歪んだ。あの佐々木だった。


「遅くなって、申し訳ありません」

 太田は出席者達に頭を下げると、委員長席に歩み寄った。


「あのう」

 評価結果を発表していた下田が、続けても良いのかと声をだした。

 しかし、太田は掌を下に向けて座れと言うような仕草をした。


「アクション部門の評価中に、突然割り込んで申し訳ありません。ただ、これからお話させて頂く事は、弊社にとって非常に大きな問題である事をご理解下さい」


「一体、どういう事だ」

 社長の大熊が大きな声で怒鳴った。

 ことと次第によってはただでは済まさんぞとでも言うような迫力があった。

 しかし、太田は怯まない。それどころか、不適な笑みを浮かべて小林社長とエリカの二人の方に視線を移した。


 これでお前達はオシマイだ・・・。

 彼は心の中でそう言った。太田の瞳の中に、あの憎むべき小林エリカの不安げな顔が映った。


「皆さん。騙されてはいけません」

 まず、太田はそれだけを口にした。

 そして、その不安が全員に行き渡るのを待った。


「KSテック社のAI技術はニセモノです」

 会議室の全員がその言葉に、固まった。


「うそよっ」

 反発する様に小林エリカが椅子から立ち上がった。しかし、小林社長の方は観念した様に下を向いてうずくまっている。


「彼らの使っている技術は、AIではなく催眠術です」

 会議室の中のメンバー全員が、KSテック社の二人を不審の目で見た。


「違います。そんなのデタラメです」

 小林エリカが太田の方に近寄ろうとするのを、審査委員の下田が押えた。


「黙って聞きなさい」

 大熊がエリカを制した。

 エリカは太田の顔を、怒りに満ちた瞳で睨み付けた。


「KSテック社は、8年前に“十文字沙織の部屋”という怪しげな占い装置を開発しました。ここに居るのが、その時に開発に参加した佐々木さんです。後は、佐々木さん自身からそのときの状況を話して頂きます」


 佐々木がペコリと頭を下げた。どこから借りて来たのだろうか、今日は高そうな背広に袖を通していた。


「当時、KSテックは会社を立ち上げたばかりで、社長はいつも資金繰りに頭を痛めていました」

 佐々木がデタラメを口走った。

 しかし、不思議な事に小林は反論しなかった。

 ここで反論しても無駄だと思ったのだろうか。


「父さん」

 当時の状況を知らないエリカが、父親を揺さぶった。

 しかし、彼は頭を抱えたまま動かない。


「技術力の問題もあって、開発は一向に進みませんでした。その時、依頼者から催眠ソフトを導入してはどうかとの提案がありました。我々は、直ぐに開発を進めました。すると、催眠効果も手伝ってか、お客は大満足でした。この占いは良く当たる。お客に口コミさせることで、日増しに売り上げは上がって行きました」


 始めはつたなかった佐々木の口調も、次第に滑らかになって行く。

「3ヶ月ほど経った時でした、社長からある一人暮らしの老人を騙して金を巻き上げろという指示を受けました」


「うそよ」

 小林エリカが再び叫んだ。


「ねえ、父さん。嘘でしょ。ねえ、お父さんたら・・・。何とか言ってよ」

 しかし、小林はその場に固まったまま動かない。


「そして、私はその老人から300万円を騙し取りました。社長はその金を、緊急の資金繰りに当てたのです。その後、会社の経営が上手く行き始めると、事件の発覚を恐れた社長は、その罪を私に擦り付けてクビにしたのです」


「何ということを・・・」

 大熊の溜め息にも似た言葉に、全員が小林社長の方を見た。

 彼らの顔には怒りやら哀れみやらの表情が浮かんでいる。


「小林社長、彼の言っている事は本当ですか?」

 大熊の言葉に、小林はゆっくりと顔を上げた。何とした事だろうか、その瞳には涙が溢れている。彼は泣いていたのであった。


「佐々木君。君は何と言う情けない男なんだ。俺は悲しいよ」

 小林は、搾り出す様な声で佐々木に言った。


「情けないのは、あんたの方だ。俺に罪を擦り付けて、自分は正直面しやがって。俺はアンタを絶対に許さない。ずっとこんなチャンスを待っていたんだ」


 佐々木の迫真の演技に、一番驚いていたのは太田だった。

 彼にこんな演技が出来るなんて想像もしていなかった。

 これだけの演技を見せられたら、誰だってお前のことを信じるよ。


 彼は、小林エリカの顔を見た。

 彼女は全てを失って呆然としていた。シューゼの仕事だけではなく、父親に対する信頼までも・・・。


「ザマー見ろ」

 ここに人がいなければ、太田は大声を出して笑いたかった。

 自分の勝利とブザマナ敗北者をアザケル為に・・。 


「小林さん。どうやら、御社との関係もこれまでの様ですな」

 大熊の最終決断だった。


 KSテック社の2人が、野川に促されて会議室から出て行った。

 会議室には虚しさだけが漂っていた。

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