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街角簡易シミュレーター・AOIちゃん  作者: マーク・ランシット
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 全てのシミュレーションが終わると、田中は恐ろしい顔で考え込む様に座っていた。目の前の画面では、例のAOI婆さんが入れ歯を見せて「どげんやったね?」と2回繰り返した。


 それを無視して装置から出ると、彼は出口に向かった。受付には既に網戸状のシャッターが降りていて、その奥のモニター画面には、“本日の業務は終了しました。鍵を掛けてお帰り下さい”と映し出されていた。


 田中は書かれていた通りにドアノブのポッチを押してからドアを閉めた。

 鉛筆ビルを出ると、街はすっかり暗くなっていた。

 彼は自分の腕時計を見た。8時を過ぎていた。既に酔っぱらったサラリーマンたちが、通りを行き交っている。


 田中は胸のポケットから、スマホを取り出すと、どこかに電話した。

「どうだった・・・」

 電話の向こうで太田の声がした。


「恐ろしいほどリアルだったよ。我々が考えていた以上の優れものだ」

 ゼーガ社出身の技術者としては、正直その技術に唖然としていた。

「そうか。それで、お前は何ともないか?」

 太田の声が少し低くなった。何かを疑っている様だった。


「どう言う意味だよ」

 田中は太田のぶしつけな質問にムッとなって答えた。

「なんかおかしな事されなかったか、例えば催眠術みたいなこと・・・」

 催眠術? あんな装置でどうやったら催眠術が掛けられるんだ。

「そんなことされてねーよ。ただ、変な方言喋るお婆さんが出て来て、うるせーのなんのって。それだけだ」

「そうか。それじゃ、俺も一回試しに行く事にしようかな」


「何を言ってるんだ、そんな事したら直ぐにお前だってばれちゃうぜ」

「もう、その心配はない。奴らの決定的な弱点を手に入れた。2週間後の評価委員会で暴露してやる。そうなれば、KSテックのソフトの採用はない」

「そ、そうなのか?」


「ああ。だから、それまでに一度俺も試して置きたいんだ」

 太田の言葉に、田中はホッと肩を撫で下ろした。あんな化け物の様なソフトに対抗出切る技術は、ゼーガ社にはまだなかったからだ。


「それで、今度は何をシミュレーションするつもりなわけ?」

 機嫌を戻した田中が、いつもの軽いノリになった。

「第二次世界大戦中のゼロ戦とグラマン・ワイルドキャット機の対戦を考えている。10対10での対戦をシミュレーションしてみたい。操縦席には伝説の岩本中尉に乗って貰う」


「いいね、それ。俺もこの次は、ウルトラマンとウルトラマン・タローを戦わせて見たいなと思ってるんだ」

 田中の趣味はアニメや特撮モノである。


「そんなもの、結果は既にワカッてるだろ」

 太田の反応はにべも無い。

「えっ、どちらが勝つと思うわけ?」


「変身した途端に、重力に押し潰されて二人とも即死だよ」

「そんなつまらないこと言わないでよ」

 田中はブーたれて、口を尖がらせた。


「身長40メートル、体重3万5千トンの身体に掛かる重力がどれだけになるか分ってんのか?」

「あんたは、相変わらず夢がないね」

「俺が求めているのは現実に忠実なシミュレーションだ。お前の様なアニメ狂いと一緒にするな」

「はい、はい、分かりましたよ」

 田中はスマホを切ると、街のどこかへと消えて行った。



 1週間後。秋葉原、鉛筆ビルの4階。


 アクション部門の最終評価会議を1週間後の控えたその日。秋葉原にある鉛筆ビルのエレベーターにサングラスの男が乗り込んだ。シューゼ社評価委員長の太田であった。彼がこのビルを訪れたのは、これが3度目の事である。


「いれっじぇーませ。あんれまー、こりゃーまた、常連さんでねーだきゃ。あんたも結構スギねーー」

 受付のAOI婆さんも、彼の事は覚えていた。しかし、名前は知らない。


「今回も幾つかのシミュレーションを遣ってみたい。いつもの様に、5時間ほど貸し切らせて欲しい」

「んだば、ドアのポッチさ押すてケロ。やんだー、5時間もアンタと二人っきりさなるっチューことだもんね。ワだし、はずかしなーー」


 液晶画面の中で、AOI婆さんは身をよじって恥かしがった。

 彼女にすれば、これもサービスのつもりなのだろう。しかし、太田はスタスタと装置に向って歩いていく。慣れた動作でBMIを頭に被せると、目前の液晶画面のスイッチが入るのを待った。


「あんダ、折角わだすがハズカスがってんだから、もちっと答えてくれてもエエンデねーのケ?」

 液晶画面のスイッチが入ると同時に、AOI婆さんがそう言った。この手のジョークが大嫌いな太田は、1万円札をさっさと投入口に入れた。


「お・つ・り・は、必要なのーーーー?」

 AOI婆さんは、マリリンモンローの姿に変身して媚を売る。

 身体はマリリンモンローなのに、顔がそのままなのだから、喜ぶのはエロボケの爺さんくらいである。


「おつりは要らないから、さっさとシミュレーションを始めさせてくれ」

 太田は画面を見ずにぶっきら棒に答えた。これだけ優秀な装置なのに、なんでこんなふざけたキャラを使う必要があるのだろうか。太田は、小林エリカのセンスを呪いたくなった。


 “占い&シミュレーションの対象”

 太田の気持ちを悟ったのか、操作画面へと瞬時に切り替わった。


 太田は、すかさず海上阻止行動を選んだ。


 地域=インド洋及び東シナ海

 対象敵国=不明(海賊)

 対象艦船(敵国側)=高速艇(ロケットランチャー、汎用機関銃等)

 対象艦船(第三国)=クルーズ客船(船籍自由)

 対象艦船(自国側)=むらさめ型護衛艦

 対象年月日=現在

 ・・・・・・・


 全ての入力が終了すると、「現在、データバックアップの為、インターネットにアクセス中です。しばらくお待ち下さい」というテロップが流れた。


 その間、液晶画面では例のAOI婆さんがショボクレタ顔でお茶を飲んでいる。

 余程、太田の発言がショックだったのだろうか、いつもの様なパフォーマンスは見せなかった。老婆の座っている座布団の辺りに“しばらくおまち下さい”のテロップだけが黄色くなって流れていく。


「データバックアップ終了。シミュレーション開始まで、あと15分」

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