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三日目。正午。
一台のバンが、とある民家の前に止まった。周りは田畑に囲まれており、隣の家までは50メーターほどの距離がある。バンには宅配便のデザインが施されていた。バンから宅配便のユニフォーム姿の男が二人降り立った。二人は大きな荷物を抱えている。
「すいませーん。宅配便です」
ドアホンに向かって一人の男が言った。中から割烹着姿の主婦が現れる。
「あーら。すごい荷物。だれからだろ」
男たちは、荷物を玄関に降ろすと隠し持っていたサバイバル・ナイフを取り出した。
「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ」
後ろに回っていた男が、既に主婦を羽交い締めにして口を塞いだ。
「うぐぐぐ」
主婦は目を見開いたまま、首を縦に振った。その目は恐怖に包まれている。
「中に何人いる」
耳元で囁くように、男は聞いた。
「3人・・・」
主婦は、右手の指で3を示した。
「みんな食事中だな」
主婦は恐怖に引きつった顔で頷いた。男たちは主婦の口と手をガムテープで塞ぐと、居間に向かった。いつの間にか二人は、サイレンサー付きの小銃を手にしていた。居間に入ると、3人の男女が食事をしていた。
「みんな静かにしろ。動くと容赦なく撃ち殺す」
3人は突然の事に、呆然としてその場に固まった。
「アンタが前田久司さんだな」
男の質問に、食事をしていた40過ぎの男がコクリと頷いた。
「今日は夜勤の日だな。原発の・・・」
「それが何か・・・」
前田の脳裏に不吉な予感が過ぎった。
「あんたにチョッとしたプレゼントが有るんだ」
男はそう言うと、腕時計を見せた。
「腕を出して貰おうか」
前田がしていた腕時計を外すと、替わりに持っていた時計を着けた。前田は何気なくその時計に触ろうとした。
「おっと前田さん。それに触っちゃ駄目だよ。あんたの身体が吹っ飛ぶからね」
前田はギョッとして、弾かれた様に時計から手を放した。
「その時計の素晴らしさを見て貰って置いた方が良さそうだな」
男は胸ポケットから、小型のDVDテレビを取り出した。スイッチを押すと、映像がスタートした。
屋外の広場らしきところに椅子が置かれており、その上には車の衝突試験に使われるダミー人形が座っている。白衣姿の男が現れて、前田がしているのと同じ腕時計をカメラに向かって見せた。
そして、その腕時計をダミー人形の腕に着けると、小走りに画面から消えた。
しばらくすると、腕時計が閃光を放って爆発した。次の瞬間、ダミー人形の左半分が粉々に消え去っていた。前田の身体が、ビクンと跳ね上がった。
「この時計は、特別な処置をしなければ外せない。もし、無理矢理に外そうとすると、先ほどと同じ事がおこります。わかりますか?」
前田はゴクリと唾を飲んだ。
「このプレゼントを外して欲しいなら、我々のお願いをまず聞いてください。そんなに難しい事じゃないですから・・・」
前田は震えるように小刻みに頷いた。
テロ当日。深夜2時。
6,7人ずつ3組に分かれたメンバーは、3台の黒いバンに乗ってそれぞれ別々の目的地に到着していた。彼らは防毒マスクを着用している。夜でも見える特別な双眼鏡を手にしていた男が、横にいた男に確認のサインを送った。男は右手を突き上げて親指を付きだした。作戦決行の合図だった。
3台のドローンが音もなく飛び立った。それらは3か所の方向に向かって飛んでいく。100メートル程上昇したドローンは、装着されたカメラで目標を確認する。
暗闇でも見えるカメラが、自動小銃を肩に掛けた警備員達の姿をとらえた。
やがてドローンは静かに高度を下げて行く。
風上の上空10メートルに達したところで、サリンで満たされたボンベの噴射口を解放した。そのまま、ドローンは高度を下げて行く。
うっ、漸くドローンの存在を確認した警備員達が喉を掻きむしり始めた。
それは、3か所で同時に行われ、警備員達を無力にした。
3台のドローンは、再度上昇を始める。
各地点での生存者の有無を確認する為だ。
5分ほど待ったが、各地点での新たな動きは起こらなかった。
「潜入開始」
パク中佐の命令で、各部署に待機していた男たちが、草むらから飛び出して行った。
原発の制御室では、前田が時計を気にしていた。
既に稼働を中止している原発の管理者は少ない。
その夜はたったの3人しかいなかった。
「前田さん。なんだか今日は落ち着かないね」
同僚の言葉に、前田は気まずそうに下を向いた。
「おれチョット、トイレに行って来るよ」
「おい、またかよ。これで3度目だぜ」
同僚から逃げるように、前田は席を離れた。
心の中では、俺はこんな事して良いのかと考えていた。
腕の時計を見た。指示された2時半を指していた。前田がエレベータの前に立った時、ビルの中に警報が鳴り響いた。エレベータは緊急停止した。
「始まったか・・・」
前田は唾をゴクリと飲み込んだ。
「やっちゃいかんよ、こんなこと・・・」
しかし、家では妻と両親が捕らわれていた。恐らく、その後学校から帰ってきた娘と息子も捕らえられている事だろう。そして、私もこの時計で殺されてしまう。
「やっちゃいかんけど、俺は死にたくないんだ」
前田はそう呟くと、非常階段を駆け下りて行った。
ガチャ。玄関の分厚いドアが、内側から開けられた。
「前田さん。よくやったな」
防毒マスクの男に肩をポンと叩かれた。
「さあ、制御室に案内して貰おうか・・・」