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街角簡易シミュレーター・AOIちゃん  作者: マーク・ランシット
18/30

18

 秋葉原。 昌平橋の交差点から少し入った鉛筆ビルの4階。


 2人の男女がエレベーターから降り立った。

 正面には廊下があり、左右に窓ガラスの組み込まれた鉄製の扉があった。

 右側の扉には、中村商事という看板があり、左側には、AOIの文字が見えた。


 そちらに向かって歩き出し、”貴方の未来をお見せします。南十字AOIの部屋” 

 と書かれた看板の前に立った。

 二人とも20歳台の前半であったが、女の方が少し上の様に見えた。

 男はどうやら学生らしかったが、女性の方はそうは見えなかった。あまり化粧はしていなかったけれど、彼女はそれでも十分に美人だった。少しやつれた顔をしている。


 ドアには“お気軽にお入り下さい”と書かれてある。

「ここよ。入りましょう」

 女の方に促されるようにして、男は恐る恐るドアを開けた。


「いれっじぇーーませ」

 入ると直ぐ右側に、映画館の切符売り場の様な受け付けがあった。中には無愛想な老婆が一人ポツンと座っている。


 老婆の言葉には明らかにどこかの訛りが混じっていた。暗がりに目が慣れてくると、老婆は本物ではなく、液晶画面の映像であった。


「お二人さまでごじぇーますか?」

「あっ、ええ」

 男の方が、曖昧に答える。そして、上を向いて天井を見渡した。

 どこかにカメラでも取り付けてあるのだろうと漠然と想像したからだ。

 しかし、天井にそれらしいものは発見出来なかった。

「どこにあるんだろう」

 男は首を捻った。しかし、液晶画面の上部に黒い点を見つけて、あれだと小さく頷いた。


「マスーンには一人しか入れないんでごじぇーますが、よござんすか?」

 二人は顔を見合わせた。女の方が、コクリと頷いた。

「私がやります」 


「いくらですか」

 男の方が聞いた。女の方から情報は得ていたのに、つい口に出てしまった。

「30分500円でごじぇーます。エンチョーは30分毎に500円。要するに30分500円でごじぇーます」

 老婆は、無表情な顔で答えた。


「僕らの将来の事なんですけど、30分で足りますかね」

 男の方が心配して聞いた。

「内容にもよるんだけんど、2年後までならマンズ30分ってとごがなー。5年後なら1時間は見て貰わん事には、どげんもこげんにもならんて・・・」


「それじゃあ、30分でお願いします」

 女の方が言った。しかし、男は女の方を振り返って怒った顔をした。

 1時間1000円なら、別にケチるほどの金額ではない。


「いえ。1時間でお願いします」

 男が言った。

「30分で十分よ」

 女の方も譲つもりはない様だった。

「でも、僕たちの将来の事なんだから・・」

 男の方が心配性らしかった。


 その時、二人の会話を黙って見ていた老婆が口を挟んだ。

「足りん時は、後で追加すればええがね」

 老婆の言葉に、男は「じゃ、とりあえず30分でお願いします」と言った。


「お金はマスーンさ入れてくれればええがら」

 そう言って老婆は奥の方を指差した。二人がそちらの方を向いて、コクリと頷いた。

「どんぞ、ごゆっくり」


 二人は老婆に頭を下げると奥の方に向かった。12畳ほどの広さの部屋には、5人掛けの長いすが一つと、駅でよく見かける1分間写真機の様な装置がドンと置かれていた。


「大丈夫なのか、こんなヘンテコリンな機械で・・・」

 心配性の男が、不安そうに言った。

「お店の女の子がみんな体験しているの。みんなが口を揃えて凄いって言ってたから、間違いないわ」

 女の方は、何やら確信に満ちている。

「そう・・・。君がそう思うんなら、大丈夫だけど」

 結局、男は女の言いなりだった。この二人の関係は、こんなところに凝縮されていた。惚れているのは男のほうで、女の方はそんな男をあてにしている。


「じゃ、待っててね」

 女の言葉に、男は不安そうに頷いた。女は扉を開けると中に入った。

 ドアを閉めるとガチャンと鍵の閉まる音がした。女がコックピットの様な椅子の上に座ると、目の前の30インチ液晶画面に自動的に電源が入った。画面の向こうで、後ろ向きの頭が振り返ってこちらを見た。先ほどの老婆の顔だった。


「ようこそおいでくでじぇーましただ」

 老婆はニッコリと笑ったが、如何にもぎこちない笑い顔だった。

 おまけに笑い過ぎた所為で入れ歯がずれてしまったのか、両手を口に当ててゴソゴソとやった後、また不気味に笑った。


「マンズ、右手上側にあるヘルメットの様なモノを頭に着けてケロ。南十字星とサソリのマークを正面にスなくってば、間違いのもとじゃけんきーつけてケロ」


 女は、言われたまま、黙ってプラスチック製のヘルメットの様な装置を頭に載せた。これは、脳と機械を繋ぐ装置、BMIブレイン・マシーン・インターフェースの一種である。

 耳元ではリラクゼーションの様な音楽が流れている。


「まずは、肩の力を抜いてリラックスしてケロ。後はマスーンのスズにスたがって、ソーズキに答えてくれればえーから。ンでば、ごゆっくり」

 それだけ言うと老婆の姿はプツッと消えた。


 画面には、“占い&シミュレーションの対象”とあって色々の項目が並んでいた。

 女はその中から“結婚”の項目を選んだ。すでに、職場の仲間たちから情報を得ている所為か、動きが早い。


 “貴方の性別”“生年月日”“出身地”等の項目を次々と入力して行った。

「写真を入れて頂ければ、よりリアリティのある映像がお楽しみ頂けます」

 コンピュータの合成音がそう言った。見ると液晶画面の下にスキャナーが現れた。


 女は財布から子供と一緒に取った3人の写真を置いた。

 ふたを閉めると、スキャナーが自動で動き出して写真を読み取った。終わると、アンガトネという言葉と共に、自動でふたが開いた。女はその写真を財布にしまった。


 彼女は知らなかったが、老婆の姿をしたAOIと言う名のAIは、BMIを通して彼女の脳の内部に静かに入り込み、彼女の過去の記憶や性格等の情報を読み取っていた。


「シミュレーション開始まで、あと3分」

 よく見ると画面の下側に時計の表示が現れて、03:00を示していた。

 女は液晶画面を食い入る様に見据えた。耳元の音楽が心なしか大きくなった様な気がした。女は眠りに落ちて行くように静かに目を閉じた。


 公団住宅の一室。 


「ただいまー」と言って、先ほどの男が帰ってきた。2年後の事なので、今とそれほど変わってはいない。サラリーマンなのか、スーツにネクタイ姿だった。居間の時計が9時を指している。


「パパ、お帰りなさい」 

 パジャマ姿の5歳くらいの女の子が、男に向かって飛び付いた。

「おお、加奈子。まだ起きていたのか。保育園はどうだった?」

 男は女の子を抱きかかえながら聞いた。

「うん、楽しかったよ」 


 女の子は男のネクタイをいじりながら答えた。

 男は女の子にキスをすると、下におろした。


「そうか、ところでママはどうした」

 男は、背広を脱いで椅子の背に掛けた。

「カナコ、わかんない」


「そうか」

 男は冷蔵庫から、ビールを取り出してコップに注いだ。そして、それを一気に飲み干すと、テーブルの上の料理を摘んだ。


「あれっ」

 男はテーブルの上に、封筒が在るのに気が付いた。ビールを飲みながら中を見た。


「直人さん、ごめんなさい。好きな人が出来ました。探さないで下さい。加奈子は置いて行きます。貴方の子供ではないけど、加奈子はあなたと居る方がきっと幸せだと思います。わがままを許して下さい。咲子・・・・」


 ボトン。男の手からコップが落ちた。


「パパ、どうしたの」

 女の子は、大好きなパパの膝の上に乗っかって来た。

「加奈子」

 男はそう言うと、女の子を力一杯抱きしめた。

「パパ、痛い。放してよ」


 ガチャ。扉が開いて、女が出てきた。


「どうだった」

 男が心配そうに近寄って来た。女の方は無表情だった。

「咲子、どうだったんだ。悪い結果だったのか?」

 女はバツが悪そうに、男の横を通り過ぎるとドアを開けて廊下にでた。


「どんなことがあっても、僕は君の事は諦めないからな。加奈子のことを気にしているんなら、俺は一切気にしてないよ。ちゃんと自分の子供として育てるから」

 男はキッパリと言った。その言葉に女は振り返った。


「ほんとに後悔しない?」

 女の顔は真剣だった。理由は分かっていた。この装置の予想はたぶん当たっていると思ったからだ。自分の中に潜んでいる悪魔。それを自分自身が認識していた。

「当たり前だよ。僕は絶対に後悔なんかしない。約束するよ」


 女の顔がフッと緩んだ。

「キスして」

 男はホッとしたのか、笑顔になった。


 二人はエレベーターの前で長々とキスをした。


 “チーン”

 突然、エレベーターのドアが開いた。

 二人はとっさに身体を放した。エレベーターの中から、一人の男が降りてきた。


 背広の襟を立て、男は顔を隠すように下を向いた。

 その目は鋭く尖っていて、二人はブルッと身震いした。

 二人は閉まり掛けたドアを手で止めると、慌てて中に滑り込んだ。ドアが閉まると二人はもう一度抱き合った。

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