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街角簡易シミュレーター・AOIちゃん  作者: マーク・ランシット
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 WINDS立川(立川市場外馬券売場)


 最終レースの終了と共に、茶色い外壁の瀟洒なビルの中から多くの人間たちがぞろぞろと吐き出されて来る。

 勝者たちはにこやかに自分達の予想を捲くし立てながら飲食店へと消えて行き、そして敗者たちは眉間に皺をよせ、自分の愚かさ呪いながら、途方に暮れた足取りでJR立川駅の南口の方へと向かっていく。


 40台の前半だろうか、よれよれのワイシャツの上にねずみ色のジャンパーを羽織った男が、ブツブツと自分自身に何かを語るようにして歩いていた。

 彼は大きなゲームセンター近くの牛丼屋の前でふと立ち止まった。お腹が空いているのだろう、ジャンパーのポケットをまさぐって掌の中の小銭を目の前にかざした。


 50円玉1枚と10円玉が5枚。

 くそっ、彼は小さく舌打ちすると諦めたようにまた駅の方へと足を向けた。


「佐々木さんですよね」

 誰かが彼に声を掛けた。

 ビクリと一瞬体を震わせた後、佐々木はゆっくりと声の方を振り返った。

 そこには、どこかのテレビ局で見た事のある、軍事評論家に似た狐目の男が立っていた。


「太田と言います。ちょっとお願いがありましてね。お寿司でも一緒にどうですか?」


 その取って付けた様な笑顔が気に食わなかった。

 こんな自分に声を掛ける奴など、自分以上にろくでもない人間に違いない。佐々木は無言のまま疑う様な視線を向けると、駅の方に歩き出した。


「10万円で、どうです。ちょっとお話を聞かせて貰うだけなんですがね」

 太田の言葉に、佐々木はピタリと足を止めた。10万は大きい。彼は太田の方を振り返ると、探るような視線を向けた。


「どんな話が聞きたいんだ?」

「ここでは話も出来ませんよ。あの寿司屋で食事でもしませんか」


 太田は牛丼屋の先の寿司屋を指差した。

 回転寿司ではない。とりあえず話を聞くのも悪くはない、と佐々木は考えた。

 目の前の男がどんな話を切り出して来るにしても、寿司の代金を払うのは自分ではない。きっとこの男は何かを勘違いしているのだろうと思いながらも、佐々木は久しぶりの寿司と10万円を想像しながら、コクリと頷いた。


 寿司屋のカウンターは、既に多くの客でごった返していた。競馬でアブク銭を手にした連中が、久々の贅沢に舌鼓を打っているのだろう。二人は2階の座敷に入った。


「何でも好きな物を頼んでください。遠慮は要りませんから」

 佐々木は、疑い深い視線を送りながらも、にぎりリの上を指差した。


「それで、聞きたい話というのは?」

 注文を取りに来た女将が出て行くと、佐々木が口を開いた。出来る事ならば、とっとと金を貰って引き上げたかった。


「以前にKSテックという会社で開発の仕事をされてましたよね」

 KSテックという名前に、彼はビクリとした。警戒心が強まる。


「何を知りたいんだ」

「いえ、佐々木さんがKSテック社を辞められた理由を聞かせて貰えないかなと思いましてね」


 太田は佐々木のグラスにビールを注ぐ。小さなグラスは直ぐに一杯になった。

「昔の話で、忘れてしまったよ」

 佐々木は一気にそのグラスをあおった。 


「そうですか。実は貴方のお母さんからお聞きしたんですが、小林社長は罪も無いあなたに濡れ衣を着せて、会社をクビにしたとおっしゃっていましたよ。本当なら酷い話じゃありませんか」


 佐々木の顔が引き攣った様に歪んだ。それは、お袋についた嘘だった。首になった理由を聴かれて、まさか自分が悪い事をしたなどと言える訳がない。それにしても、この男はどうしてお袋の所にまで顔を出したのだろうか?


「あんた、一体何者なんだ?」

「ご心配なく、佐々木さんが思っている様な怪しい人間ではありません。あなたと同じ様にKSテック社を憎んでいる者です。あの会社の仕事をストップさせたいと思っているんですよ。あなただって、あの会社には復讐したいんじゃないんですか」

 

「ふん。もう何年も昔の話だ。今さら復讐なんて、考えてもいないよ」

 復讐なんてとんでもないと佐々木は思った。むしろ小林社長には恩義があった。被害者と折衝して示談にしてくれた上に、会社には居辛いだろうと今の会社を世話してくれたのだ。


 しかし、8年経った今でも俺は競馬から抜け出せないでいる。彼は情けない自分を忘れようとするかのようにビールを飲み込んだ。


「それなら、お金の為ならどうですか」

「10万ポッチの金で、そんなこと出来る訳ねーだろ」

「200万ならどうです。これで借金取りから逃れられるんじゃないですか?」


 太田は、黒い手持ちバックのジッパーを開いて、200万円の札束をテーブルにポンと置いた。銀行から下ろしたばかりの新札の束である。佐々木の喉がゴクリと鳴った。


「た、たったの、に、200万で、お、俺が動くとでも思ってるのか」

 佐々木は、震える声で強がりを言った。それでは女子供にだって通用する訳が無い。


「KSテック社については、設立当時からの全ての従業員を調査しました。出入り業者についてもね。あなたでなくても情報を教えてくれる人は沢山いるんですよ」

 佐々木の張ったりなど、太田には通用しなかった。逆に太田の話に、佐々木の顔に焦りの表情が浮かんだ。あんまりゴネルと、折角の200万円がふいになってしまう。


「佐々木さん、ご存知ですか。KSテックは、8年前のあの装置を再び運用する事を決めたそうです。来週、秋葉原のビルの一角に設置して運用試験を開始します。あなたを首にしたあの装置ですよ」

 本来なら、KSテック社で開発した装置をどうしようと小林社長の自由である。それに、問題を起こしたのは装置ではなく、競馬で負けた金を何とかしようとした自分の所為だった。しかし、折角目の前の男が用意してくれた言い訳である。200万を手にするためには乗る以外に手はなかった。


 あの時、小林社長はあの装置を封印すると約束した。確かに悪い事をしたのは俺の方だ。しかし、社長が先に約束を破ったのであれば、俺だって何をやっても許される筈じゃないか・・・。

 目の前の金を手に入れる為の言い訳だった。


「何をすればいいんだ」

「あの装置の中身について、出来るだけ詳しく教えて下さい。それと、証人として、ある場所でその事について話をして貰います。よろしいですね」

「証人・・?」

 その言葉が気になった。裁判か何かなのか?

 お世話になった小林社長の前で、嘘をつけと言うのか?

 しかし、ビールと目の前の200万円の力で思考が歪んだ佐々木は、コクリと頷いた。


「分かった。それで、金はいつ貰えるんだ」

 そうガッツクな、太田は心の中で目の前の男を哀れむように舌打ちした。

 200万は小さな金じゃない。しっかりと働いて貰いますよ。


「さあ、お寿司が来ました。とりあえずゆっくり食べようじゃないですか。話はその後ゆっくりお聞きしますよ」

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