15
シューゼ社。医務室。
「やれやれ、太田はん。あんたが早漏だったなんて知りまへんどしたわ」
西村専務が枕元でそう言った。
言葉の最後は溜め息に変化していた。
気が付くと、太田は会社の医務室で横になっていた。
ゼーガ社の宮地部長もガックリした面持ちで座っている。
ゼーガ社のAVソフト評価の為に、宮地も会社の担当者と一緒にシューゼ社を訪問していたのである。
「あれだけ血圧が上昇しては、ソフトに実感が無いという嘘は通用しませんわな」
ゼーガ社側の委員から太田の失態の事は聞かさせていた。
宮地部長は、あえて下半身の事は口にしなかったが、今回の事はシューゼ社の中では既に噂になっている。
太田の脳裏に小林エリカの勝ち誇った顔が浮かんで消えた。
「太田さん。貴方ほどの方が、一体どうしたと言うんですか?」
宮地の失望に満ちた言い方に、太田は答える言葉がなかった。
今回の評価選考に向けて、ゼーガ社製のAVソフトで十分に訓練を積んでいた太田には絶対の自信があった。
しかし、アイドルの選択肢の中に大好きなミッコリン本人がいた事が敗因の一つだった。彼女を選んだ事で、第一のスイッチが入ってしまった。
彼の心を燻ぶる設定と、彼女の切なげな表情、そして突然の彼女からのキス。
その甘い香りと柔らかな感触に、彼はすっかり自分のペースを失った。彼女の方からキスして来さえしなければ・・・。
「彼女の方からのキス?」
その事に気が付いて、彼は唖然とした。
あのソフトは既に自分の弱点を把握している。
「ミッコリンは二度目のキスで、自分の豊かな胸を惜しむことなく自分の胸に押し付けて来た。そして、とどめを刺すように、私の膨張した核心部分に触れて来た。それも経験豊富な熟女の様に・・・」
しかし、どうやって私だと分かるんだ。ゲームの中での名前は太田にしていた。しかし、それだけでは私だと決定することは出来ない。太田という名前など腐るほどあるからだ。
まさか、本当に指紋認識装置を導入してあるのか?
疑えばどうにでも疑えた。単純に考えれば、あの小林エリカが私の弱点を入力する事も出来る。彼女は、自分の欠点を見抜いているのかもしれなかった。
「太田さん。あなた、これからどうするつもりです?」
宮地の口調はこれまでに無く厳しかった。当たり前だ、これほど有利な条件下での2連敗。誰が見ても彼の無能ぶりは明白だった。
予想された事ではあったが、やはりAV部門のモニターは彼に取っては最大の鬼門であった。こんどこそ、彼の一番得意な分野で勝負しなければならない。
「万が一、次も同じような結果なら、別の方法を考えなくてはなりませんな」
宮地が、西村の顔をみながらワザとらしい大きな声で言った。つまりは、クビってことか。
「KSテック社の内情は、既に調査してあります」
太田は最後の手段を提案した。これまでも使って来た方法だ。結局はこの手で、ここまで上り詰めたと言っても過言ではない。
「KSテックの元社員で、金に困っている人間がいます。本来なら使うつもりはなかったんですが・・・」
「開発の人間でっか」
「そうです。数年前に開発したソフトで問題を起こして退社しています」
西村と宮地が互いの顔を見ながら頷き合った。
「この期に及んで選り好みをしている状況でもありませんからね」
宮地が突き放す様に言った。