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街角簡易シミュレーター・AOIちゃん  作者: マーク・ランシット
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「ミッコリン星から来た、ミッコリーーンでーーす」


 頭にアンテナ風のヘアバンドを付け、ピカピカの宇宙服をイメージしたミニスカートのアイドルがステージに現れると、会場の男たちが「ウオオオーー」という雄叫びを上げた。


 数百人の男たちで埋め尽くされた会場の熱気は、超人気アイドルの登場で一気に沸点に達した。


「ゴー、ゴー、ミッコリン。おいらの mikkori――n」

 高校生から、下手すると40過ぎの男たちまでが、アンテナ風の蛍光ランプを突き上げながら狂った様に叫んでいる。


 ステージの上では、アイドルがチンケな振り付けで何かの歌を歌っているが、もともと歌唱力も無い彼女の声は、野獣どもの雄叫びに掻き消されて全く聞こえてこない。

「ゴー、ゴー、ミッコリン。おいらの mikkori――n」


 名もない中小企業に勤める会社員の僕は、かなり後ろの席で、周りの連中と一緒に大好きなアイドルの名前を叫んでいた。後ろの席だからと言って、ミッコリンへの愛情が他の男たちよりも劣っている訳では決して無い。


 それには絶対の自信があった。

 一番前の席を取る為に会社を早引けしたり、一週間前からチケットセンターの前に並ぶ事や予約電話を何時間も掛け続ける事だって、ミッコリンの為ならば容易いことだった。でも、僕はそんなことは絶対しない。

 遠くから、ずっと君の活躍を見守っていくことが本当の愛情だって知っているから・・・。


 その事を教えてくれたのはミッコリン。君の3曲目のシングルだった。


 例え、私が姿を変え、醜いアヒルの子に生まれ変わっても、

 あなたは私のことを愛して続けてくれますか?

 私の夢を遠くから応援してくれますか?

 そう、私にとって本当に必要な人。

 それは、醜い私を愛してくれる人。

 そんな人と、私はきっと結ばれる。永遠に。永遠に・・・。


 ずっと君を応援する為には、今の会社をクビになる訳には行かない。

 君が悪い奴らに騙されて、心と身体が(いや、身体だけはちょっとしか騙されないんだ・・・、ち、違う。ミッコリンだけは絶対にキレイな身体なんだ・・・)


 ちょっと傷つけられた時に、守ってあげられるだけの財力が無けりゃ、男として駄目なんだ。だから、悔しいけど、僕はこの席で我慢してる。我慢して居られるんだ。


 コンサートは激しい盛り上がりの中で、あっという間に終わった。


「おい、太田。渋谷のキャバクラにミッコリンそっくりの娘が居るんだけど、一緒に行かねーか」

 コンサートから数日経った日、会社の先輩の言葉に僕の心は少し動いた。でも、僕は誓う。決して淫らな気持ちなんか、君に向けたりはしないと。


「すいません。今日は車で帰らなきゃいけないんで・・・」

「ああ、須田商事に朝一の納品があったんだな。雨降ってるから気を付けろよ」

 いつもはシツコイ先輩も、なぜか今日だけはあっさりと引き下がってくれた。しかし、その夜会社を出られたのは、結局8時過ぎのことだった。須田商事への荷物を詰め込んで伝票の整理をしていると、出張中の課長から電話が入った。


「オイ、太田。悪いけどコダマ物産への荷物なんだけどさ、今日中に発送しておいてくんねーかな」

 ロレツのおかしくなった課長の言葉と一緒に、飲み屋の喧騒が伝わって来る。


「テメー、自分は飲んでるくせに、こんな時間に電話して来んじゃねーーぞ」

 僕は、心の中でそう叫んだ。でも、そんな事は言えない。君の為にも。


「あのー。でも、もう集配の時間は過ぎちゃってますけど・・・」

「馬鹿だなーー太田くんは。待ってちゃ駄目なんだよ。集配センターに持ち込めばまだ大丈夫なの。分かる。ねえーー、太田くーん」


 それから10分も電話での説教を聞かされた挙句、僕は家と反対方向の集配センターまで行かされる羽目になった。でもそれは、もしかしたらミッコリン星の神様の仕業だったのかも知れない。


「くっそー。バカ課長のせいで、30分も遠回りさせられたよ」

 アパートの近くのコンビニで簡単な夕食を仕入れて車に戻ると、助手席に一人の少女が寒そうな姿で座っていた。


「えっ」

 僕は一瞬、幽霊でも見たかの様にその場に凍りついた。

 しかし、次第に目が車の中の暗さに慣れてくると、その少女の美しさに目を見張った。初冬の冷たい雨の中を、傘もささずに歩いてきたのだろう。白いTシャツがピタリと身体に張り付いていて、ピンク色のブラが完全に透けている。

 その上、というかその下というか、ミニスカートも薄い白生地の所為で、同じくピンク色の下着が薄っすらと透けていた。


 僕は、思わずごくりと息を呑んだ。

「ミッコリン・・・?」

 雨に濡れた、髪の向うの寂しげな瞳に、僕は呆然とした。


「もしかして、ミッコリンなの・・・」

 二度目の問いかけに、少女はコクリと頷いた。

「ごめんね、太田さん。こんな事して」

「えっ、どうして僕の名前を・・・?」


 僕は、あまりの驚きに手に持っていたコンビニの袋を落としてしまった。

「いつも後ろ方の席で見ていてくれてたよね。初めてのコンサートの時から、ミッコリン、気が付いてたよ」


「ほんとに・・・」

「だって、太田さんて素敵なんだもん。気が付かない訳ないじゃない。知ってた?ミッコリン、いつも太田さんの為に歌ってたんだよ」


「もちろん知ってたさ。でも君は人気絶頂のアイドルで、僕は名も無いサラリーマンだし・・・」

「そんなこと関係ないよ。一番大事なのは二人の気持ちだよ。そうでしょ、太田さん?」


 いつの間にか、ミッコリンの顔が僕の直ぐ前に来ていた。

 まるで桃の様なピンク色のクチビルが、まさに桃と同じ甘い香りを漂わせながら僕の目の前に迫っていた。


 僕は再び、ゴクリと唾液を飲み込んだ。

 心の中で、永遠のアイドルに手を出しちゃいけないという言葉と、ヤッチャエ、ヤッチャエという欲望が戦っている。


「私、もう疲れちゃった。太田さん以外の人の前で歌うのはもうイヤなの。もう、これ以上、他人も自分も騙したくないの」


 彼女の身体は、僕が抱きしめるのを待っているみたいにブルブルと震えている。

「でも、君はきっと後悔するよ。僕みたいな男を選んだことを・・・」


 次の瞬間、ミッコリンの甘いクチビルが僕の唇にふれた。

 僕はその甘い香りと、柔らかな感触に気が遠くなりそうだった。経験の少ない僕は、とっさに目をつぶった。


「強く抱きしめて、私を離さないで」

 僕の耳元で、ミッコリンが囁いた。

 僕は恐る恐る両手を回して、彼女の細い身体を抱きしめた。彼女の豊かな胸が、僕の貧弱な胸に押しつぶされる感触が伝わって来た。


「グアアアアーーーー」

 アドレナリンが、脳下垂体から発射されて、下半身を貫いていく。

 僕の手が、ミッコリンの胸に触れる。ギューーと押し付けられる柔らかな乳房の感触。彼女が再び僕の唇を奪う。嗚呼っという吐息。次の瞬間、彼女の小さな手が、僕の核心に触れて、ゆっくりと蠢く。


「グアアアアーーーー、で、で、でちゃうー-」

 目の前が真っ暗になった。


 ブイイイーーーン。ブイイイーーーン。

「血圧上昇、危険。血圧上昇、危険。強制終了。強制終了・・・・」


 シューゼ社の試験室にアラームが鳴り渡った。

 血圧が300以上に上がった場合に作動するシステムである。近くに居た技術者が、駆け寄って来る。


 彼はコックピットを開けて、被験者の映像装置付きBMIを取り外した。太田は目を半開きにしたまま動かない。しかし、その表情は満足感と達成感を漂わせながら呆けていた。


「太田さん大丈夫ですか」

 技術者は何気に、彼の下半身に目をやった。この日に限って穿いていたモスグリーンのズボンのあの部分が、黒く濡れている。


「ヤ、ヤベーーよ。この人、漏らしちゃってるよ」

 その声は、装置のマイクを通して会議室に響き渡った。 

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