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街角簡易シミュレーター・AOIちゃん  作者: マーク・ランシット
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 シューゼ社会議室。フリー部門の説明会。


 相変わらず窓の下の隅田川にはゆったりとした時間が漂っている。

 遠くに見える橋の袂には、釣竿を垂らした人の姿があった。ここに来る度に、エリカはふと穏やかな気持ちになった。


 一緒に来ている会社のメンバーに、この仕事に決着がついたら、南の島にでも行ってのんびりしようかと冗談を言った。


 この日の会議室には、シューゼ社にソフトを供給する予定のゼーガ社とKSテック社の両社が顔を揃えていた。


「親会社2社より、弊社のBVPS装置に全く新しい感覚のソフトを搭載したいとの要請があり、本日はその主旨説明の為に、皆様に集まって頂きました」


 部長の野川がそういって、説明用のレジメを開いた。


「この装置の特徴は皆様もご存知の通り、映像上の感覚を現実と同じ様に被験者に伝えることが出来るということです。また、当然の事ながら、被験者側のデータを入力する事も可能です。この特性を生かして、これまでにない全く新しいゲームソフトや健康診断システム等の開発をお願いしたいと思っております。例えば、健康診断装置やトレーニングシステム等への応用です。お配りしたレジメの3ページをご覧下さい」


 野川の言葉と同時に、大型スクリーンにその画像が映し出される。お年寄りが、健康器具で運動している映像だ。


「これらはあくまでも参考の為のダミーですが、皆さんもご存知の通り、日本の高齢化は今後も確実に進行して行きます。これまで高齢者は、この様なシステムのターゲットではありませんでした。しかし、高齢者層をターゲットとした商品開発があらゆるマーケットで進められています。

 街角で簡単に健康診断が出来る装置などと言うのも、このシステムでは可能ではないかと考えております。また、中高年層をターゲットにしたメタボリック対策関連の商品も、今後の大きなテーマです」


 野川部長の説明に、両社のエンジニアが真剣な視線を送っている。

 その光景を見ながら、エリカの心には新たな闘志が燃え上がった。

 現在、彼女が取り組んでいる汎用シミュレーションソフトなら、案内役の人間をドクターに変更する事も出来るし、フィットネスクラブのインストラクターに変更する事も出来る。


 ソフトの開発には、専門家の意見を聞かなくてはならないが、KSテック社のAI技術をベースにすれば、全てのソフトを一から作り上げる必要なない。

 さらに、それらは時代と供に成長するので、10年経っても古臭くなったりはしないのだ。


 KSテック社は製品を開発した後、AIの状況を確認する為にメンテナンスを行う必要がある。それはメンテナンス契約料として、継続的な利益をもたらしてくれる。


「お年寄り向けのソフトか・・・」

 エリカは頭の中で、AI技術をベースにした具体的な製品をイメージしてみた。


 70歳を過ぎたお婆さんが装置の前に座った。

 モニター画面には、よくある病院の受付が表示されている。白衣に白い帽子の看護師がにこやかに微笑む。


 40歳くらいだろうか、柔らかな物腰とベテランらしい落ち着きがお婆さんに安心感を与える。


「今日はどうなされました?」

 馴れ馴れしくもなく、それでいて突き放した感じでもない。


「どこがという訳じゃないんだけど、最近疲れやすくなってね」

「何かのクスリは服用されていますか?」


 看護師の質問に、老婆が手にしていた買い物バッグを開く。その中には沢山の薬の袋が入っている。


「ええと、膝の痛み止めの薬でしょ。その痛み止めで胃が荒れるのを防ぐ為の胃腸薬でしょ、その胃腸薬が効き過ぎるのを防ぐ為の薬と、ビタミン剤と・・・」


「膝が痛むんですか?」

 看護師は老婆の膝を触ってくる。その手付きはとても自然だ。


「膝だけじゃないのよ。肩も凝るし、目も疲れ易くて・・・」

 老婆は右手を左側の肩に持っていって、辛い表情を作った。


「その為の薬も飲んでますか?」

「ハイハイ。肩の凝りを和らげる為の薬と、その薬で胃が荒れるのを防ぐ為の胃腸薬、その胃腸薬が効き過ぎるのを防ぐ為の・・・・」


「目の薬も飲んでるんですか?」

「ヤーだ、あんた。目薬は飲んでないわよ。目薬は目に点してるだけよ」

 老婆は、看護婦の言葉を冗談と勘違いして笑った。


「それじゃ、ちょっと血圧を測って見ましょうか」

 看護婦の言葉に、お婆さんが腕を捲くろうとする。

「あの、ここでは腕を捲くる必要はないんですよ。そのまま、目を閉じてゆっくりされていてくださいね」


 そこまでイメージして、エリカは止めた。

 止め処もなく続く会話は、ゲームセンターには合わない様な気がした。

 むしろ老人ホームか、地域のコミュニティーセンターの方があっているかも知れない。


 老人たちにとって、病院は病気を治療する場所であると同時に誰かと会話をする為の場所の様に思えた。


「会社に戻ってから、みんと相談してみよう・・・」

 エリカはそう思った。


 ふと顔を上げると、視線の先に小太りの男の姿があった。

 40台半ばだろうか、オールバックの髪がたっぷりのワックスでてかてかに光っている。グレーのスーツの中はブルーラインのシャツ。丸みを帯びた白い襟には、真っ赤なネクタイが捲かれていた。


「わっ、悪趣味・・・」

 隣に座っている開発グループの亀山和広が口走った。その声が聞こえたのだろうか、その男がこちらの方を見た。瞳にはギラギラとした悪意の様なモノが混じっている。


「ゼーガ社の宮地っていう部長ですよ・・・」

 近くにいた誰かが言った。その声に、エリカが小さく会釈をする。しかし、宮地はプイと視線をそらした。


「亀ちゃん、聞こえちゃったみたいだよ・・・」

 エリカの言葉に、若い亀山和広はエヘヘヘ、と頭を掻いた。

 24歳、独身。W大工学部出身のエリートでありながら、性格はいたってシンプル。芋焼酎とお新香、そしてアニメ映画をこよなく愛する、憎めない男である。


 その時だった。

「浜口佑子・・・?」


 エリカの視線が、宮地部長に何かの資料を手渡している女性に釘付けになった。

 状況から察すると、彼女はゼーガ社の社員なのだろう。そして、宮地部長の部下。


 白いブラウスに品の良いグレーのタイトスカート。茶色に染めた髪を後ろで束ねている。いかにも出来るOLを演じているという印象だ。


 彼女は宮地と二言三言会話を交わすと、ゆっくりとエリカの方を振り返った。厚化粧の中の真っ赤な唇が、ニヤリと曲がった。


「あのいやな笑い方、ちっとも変わって無いわね」

 エリカの表情が曇った。もう恐れる必要などないのに、心のどこかがキリリと痛んだ。

 

 彼女はきっと、今でも私の敗北を願っている。

 そう思った途端、怒りに似た感情が湧き上がって来た。もう、私は昔の弱い自分じゃない。


「一見、綺麗だけど性格悪そうでしょ、あの女。ドラマの設定なら、間違いなく悪役ですよ。それに、きっとデキテマスよ、あの二人・・・」

 亀山和広が、ボールペンを噛みながらそう言った。


「わかってるわよ、そんなこと」

 エリカは心の中でそう叫んだ。会社の中で権力を得る為なら、何だってするわよ、あのオンナなら・・・。

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