先輩は大体捻じれている
「ねぇ、ちょっと時間あるかな?」
そう声をかけてきたのは、同じ時間帯にバイトをしている隣のクラスの奴だった。
同じ所でバイトしてるとはいっても、基本学校終わりの後の2~3時間、スーパーという事もあり、働いてる時間内で話すような事はほぼない。
そもそも向こうは惣菜、こっちは食品と部門が違う。
「一応大丈夫だけど……何?」
「あー、ここだとちょっと……」
言葉を濁される。
何だ、同じ部門の人間にいびられてるとでも言うのだろうか。だとしても話す相手を間違えているとしか思えない。さっさと上司に訴えてこい。
流石にロッカールームで長話をするわけにもいかないし、内容も恐らくはいい内容ではないのだろう。
仕方ないなと思いながら、ここからすぐ近くにあるハンバーガーチェーン店へと行く事になった。
話を聞いてもらうわけだから、とセットメニューを奢られたので、有難く頂くことにする。
しかしわざわざろくに接点もない自分にこんな事をしてまで話を聞いてほしいとは、一体どんな厄介事が……? 思わず軽く身構えてしまう。
「職場で陰湿ないじめにでもあってるっていうならとりあえずICレコーダーでもこっそり仕込んで物的証拠は集めとけよ」
「いや違うから、そういう話じゃないから」
「? じゃ何だ」
見た目大人しそうな奴だからてっきりそういう嫌がらせにでもあっているのかと思ったが、本人曰く違うらしい。だとしたら尚更疑問だ。
「職場じゃなくて学校の方か?」
「何でいじめられてる前提なのさ……」
「独断と偏見で見た目から」
きっぱりと言い切ると、相手の表情が引きつった。
「いやそういう深刻な話じゃないんだけどさ、でもなんかこう、聞いてほしい話があって。あのさ、先輩の事なんだ」
「先輩」
「うん、確か君と同じ委員会に所属してたと思うんだけど」
「あー、あの。はいはいはい、何だよ無駄に深刻な空気出てたから心配したけど損したじゃねーか」
同じ委員会の先輩、と聞いて何かもう一気にどうでもよくなってきた。
確かこいつとその先輩は従兄弟とか前に先輩から聞いた気がする。聞いた時もこいつとはそもそもあまり関わりがなかったからへーそうなんっすかーで流した覚えが。
ちなみに先輩はレンタルショップでバイトしている。
「で? 先輩の失敗談でも面白おかしく話したいとかって事か?」
「いや、それともちょっと違うんだけどさ。ただ何て言えばいいんだろう……この前珍しくうちに来たんだよ。その時に最近どうだー? とかこっちのバイトとかについて聞いてきたりしたんだけどさ」
こいつの話を要約すると、先輩がAVと割り箸を同じカテゴリに突っ込んでいた、という話だった。
意味がわからない。
そう思ったので思わず突っ込んでいた。
こいつもそれなりに衝撃を受けたのだろう。
何でそういう経緯に至ったのかというのを先輩に聞いたそうだ。
ちなみに先輩、去年までは同じスーパーにいたが、その後色々あってバイト先を移った結果が今に至るわけなんだが。
更に言うなら先輩はレジ打ちの方をやっていた。
レジを打っていると、お弁当を買った人に対して割り箸をつけるか聞いたりするのだが、たまに弁当を買わずに割り箸が欲しいという人もいるらしい。
流石に大量に寄越せ、となると断るそうだが、一膳程度なら弁当以外の食材を購入しているわけだし、そっちに使うのだろうと思いつけていたそうだ。カップ麺とかにもつけてほしいって人はいるわけだし、そこら辺はまぁおかしな話ではない、と思う。
先輩のレジにそういった人が来る事は最初の頃はなかったらしいのだが、その人の顔を覚えてからというもの聞かれなくても割り箸を一膳つけるようになったらその人は先輩のレジによく来るようになったそうだ。
その人がある日、普段は買わないような弁当と惣菜を一つずつ買っていた。
「お箸は何膳お付けしますか?」
「今日は三膳で」
普段は弁当類を買わないから一膳だったが、多めに欲しい日があった時に流石にちょっと悪いかな、とでも思ったのかもしれない。お箸を多めに欲しい日、それ以降その人は小さめの総菜を買うようになったとの事だ。
この話だけなら特にどうとも思わなかっただろう。
だが、先輩は更に続けて話したそうだ。
現在のバイトしている所はレンタルショップ。
基本的には人気の映画やらアニメやらを借りていく人が多いわけだが、その中の何割かで年齢制限のある……まぁ要するにAVを借りていく人もいるわけで。
堂々と借りていく人もいれば、知り合いに遭遇する事を恐れてかやたら挙動不審になる人もいるらしい。
あとレジにいるのが女性スタッフだと遠巻きに警戒してこちらの様子を窺ってたりとか。
AV初心者あるあるだな、と思いながら聞いていたが、その中にはたまに目当てのエロを他の健全な作品で挟んで物のついでに借りるだけですよ、という風を装ったりする人もいるそうだ。これも良く聞く話ではある。
しかし先輩はそれを見て、ふとレジ打ちをしていた時の割り箸の人を思い出したそうだ。
割り箸を多めに欲しいが故に惣菜を買う人と、エロを借りたいが堂々とできないが故に健全作品を借りる人と。
ジャンルは違えど同じカテゴリじゃなかろうか、と思ってしまったらしい。
何でだ。
それ以来割り箸とAVが同カテゴリになってしまってな、と先輩は語ったそうだ。
おいやめろ、何かそうなったら割り箸が特殊なプレイに使われるみたいになるじゃないか。
「流石にさ、バイト先の人には世間話としてもちょっと言いにくいし、けど自分一人の中にしまい込むにはちょっと色んな意味で大きすぎるし……何か、その、ごめん」
「……いやいいよ。お前あの先輩と従兄弟だもんな。身内ってなるとその手のエピソード遭遇率若干高くなるもんな。ご愁傷さまです」
「パートのおばちゃんに話すわけにもいかないけど、同じクラスの奴とか友人は先輩との接点薄すぎて」
「あー、だからこっちにきたわけか」
「うん、それもあるんだけどさ、その……」
そいつは視線をうろうろと彷徨わせて、言葉を探しているようだった。
何だ、まだ何かあるのか。正直先輩ネタは今のでお腹一杯だし、丁度奢られたハンバーガーも食べ終わったからもうそろそろいいんじゃないかと思うんだが。
とりあえず第二部みたいな流れにならんだろうと思ったので、残りのコーラを飲み干すべくストローに口をつけた。
「その、AVを借りに来た人っていうのが、君のお姉さんだったみたいなんだよね」
ごひゅっ、と吸い込み加減をミスって、コーラが入ってはいけない方向へ入りかけた。ギリギリの所で耐えたが、一歩間違えれば目の前のこいつがコーラを顔面から浴びる事になっていたというのに、こいつはやや視線を逸らしつつもまだ言葉を続けようとしていた。
「顧客情報を漏らすのって流石に問題あるからって先輩言ってたけどさ、その、借りたAVが結構ハードな感じの弟調教物とかだったみたいで? 創作と現実ごっちゃにするような人じゃないとは思うんだけど、万が一ってのもあるし? 先輩がそんな感じであいつ大丈夫か? って深刻な顔でもって聞いてきたからさ……」
「いや、それ男優が好みだったとかそういうのだと思いたいけど……いや正直聞きたくなかった内容だけど知らないままなのもヤバい気がするなこれ」
「大丈夫だとは思うけど、あからさまにならない程度に気を付けて……?」
「お、おぅ……」
そいつの話はそれで終了したらしく、そこで解散する事となった。
……てっきり先輩の変なエピソードだけだと思っていたのに、まさかのとんでもオチまでついてきたとは……
ある意味怪談話を聞かされた気分だった。
……元凶が家にいるわけだが。
正直、家に帰るというただそれだけの事なのに何故だか今日はその、たったそれだけがやたらと難易度高い。
しかし財布の中の所持金も心許ないので突発的に漫画喫茶で一夜を明かすプチ家出するわけにもいかず。
帰宅部最大のミッションが開始された……!
ちなみに後日談だが、姉が借りたAVとやらは姉の友人が姉に頼んで借りてきてもらったものらしい。
蓋を開けてみればそんなオチだった。
しかしその姉の友人の、
「この弟役の人、君に似てるよね」
の一言で、心の中は第二の修羅場の幕開けとなった。