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柳下幻想  作者: 桜江
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第三話   たまばみ(一)

 蓬のせいか茶斑(ちゃまだら)という狸は眠ってしまった。

 

「やれやれ。意味が分からん……何が何だか」

 

 佐之助はとりあえず青柳(あおやぎ)に会うため、よく二人で落ち合う茶店に向かうことにした。

 

 ――青柳は来るだろう。来なかったことはない。

 

 決して待ち合わせているわけではないが、佐之助が行けば彼は必ず少し後にやって来る。

 

 その茶店には看板娘のおさよという娘がいて、彼女は青柳に一方的に惚れ込んでいるようだった。青柳は迷惑そうで、店を出たら彼女の文句ばかり言っている。それなら毎日のように通わなくても良いものを――

 

 佐之助はそこまで考えて今更ながらおや? おかしいと気付いた。

 

 あるときから一人(・・)では茶店と柳木、自らの家しか行くことができない。家出をしても足は家へと戻る。どこへ行こうともあの茶店か柳木の下に自然と出るのだ。通ってたいた寺子屋へも行ってみた事はあるが、前まで辿り着いたことは一度もない。

 

 (なんて、不思議な……)

 

 佐之助はふと歩みを止め、茶店の方向とは真逆、家に戻る道を歩いてみた。

 彼の家の門が見える。この先に曲がり角がある。

 

 (――ここで曲がるぞ)

 

 気合を入れて一歩踏み出すが、動けない。踏み出したつもりが、佐之助の両足は真っ直ぐ地に立ったままだった。

 

「……は?」

 

 冷や汗が出てくる。

 (なぜ、こんなにも長い間、気付かなかった)

 

 佐之助は背筋の寒くなる思いに捕らわれながらも自分に問いかける。だがしかし答えなど出てくる理由がない。

 

 腑に落ちないことは、掃いて捨てるほどある。

 それらを思い返す度に佐之助の頭のもやは、晴れていくようにも、更に濃くなったようにも感じられた。

 

 (――肝心要は青柳が握っている)

 

 それだけが佐之助の中で揺るがない事実として残った。

 

 佐之助は進めない道をしばらく見詰め、また茶店へと足を向ける。

 

 往く足は次第に早くなり、半ば駆けるように進んだ。

 気だけ焦りながらも茶店に着けば、いつもと変わらずおさよがばたばたと動き回っていた。

 

 珍しく今日は客が入っているようで、機嫌が良さそうだ。

 

 佐之助は常連とはいえ、普段から冷やかしのようにぼんやり座っているだけの自分がいつもの席に座るのは気が引けて、何となく遠巻きに様子を見ていたが、不自然さに気付いた。

 

 客は店内にしかいない。

 

 そしていつも自分たちが座っている軒先。

 そのいつもの席に湯飲みが一つ。――所在なさげにぽつんと置かれている。

 

 (しまい忘れているのか・・・?)

 

 そう思っておさよに声を掛けようと店を覗きに寄ると、丁度おさよが出て来た。

 

「おさよちゃん、しまい忘れだよ?」

「ええと、おかわりおかわりっと」

 佐之助とおさよは、ほぼ同時に言葉を発した。

 

 ――が、おさよは佐之助の目前を素通りし、その目の前で湯飲みを交換する。

 

 中に戻ったおさよに客の一人が声を掛けた。

「外のあの湯飲みは、一体なんなんだい?」

「あれは、おまじないみたいなもんなの。ああすると、ええと魔除け? になるって親切な方がね教えてくれたの」

「へええ。正月飾りみたいなもんかね?」

「ご利益はあったのかい?」

 

 面白がっているのか、他の客まで話に加わってきた。おさよはしたり顔で客に言う。

 

「あるわよ。あたしのいいひとが、毎日の様に来てくれるようになったんだから」

「そりゃあ、いい」

「上手くいくといいねえ。あたしがお社行って祈ってあげようか」

「もう、やめてくださいな。夫婦(めおと)になれなかったら恨んじゃいますよ」

 

 軽口を叩き合っている中で、佐之助だけ時が止まったように動けずにいた。

 

「――俺は、何?」

 

 そのまま軒下にすとんと座り込む。湯飲みに視線を落とすと湯気が上がって熱そうだ。――とても。

 そうっと湯飲みに触れてみる。いつも通りで熱さは感じない。

 

 一口飲んで、戻す。何故かふいに涙が零れた。人前で男が泣くのは恥だが、止められない。

 

 見られまいと俯くと涙がぱたぱた、と手に落ちる。

 

「そういうことだったか」

 

 ぐっと唇を噛んで涙を堪えてみても、次から次から溢れて止まらない。

 佐之助はようやく自分がどうして『いない者のように』扱われるか理解した。

 

最初から(・・・・)いないんだ、俺は」

 

『いない者のように』ではなく『いなかった』。

 だからこそ今まで誰も、青柳(あおやぎ)以外の誰一人自分とまともに向き合ってくれなかった。向き合いたくとも向き合えない。なぜならこの世に存在していないのだから。

 

 涙はとめどなく溢れ出る。頬を伝って落ち甲に留まる。

 それが不思議でならなかった。伝ってゆく涙に温もりはない。手を重ね合わせても暖かみなどないのに、感覚を感じること、涙が溢れることが謎だった。

 

「――おやおや、みっともないねえ。こんな往来で。さあ、ほら」

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