第二話 ちゃまだら(三)
「ぐうぅ――青柳め。蛙ごときの分際で偉そうに……おのれ」
茶斑が恨みがましく青柳の座っていた方を見やっても、そこには消えた跡すらない。
あるのは縁の下の土を掻いた跡ぐらいだ。
「――あの若造の仕業か。青柳の気配をここに埋めたか……うぅぅうう」
茶斑は毒づき、這って表へ戻ろうとするが、身体が思うように動かない。蓬程度で死ぬことはなく、しばらく痛みや痺れで動けないだけだと分かってはいるが、やはり辛い。ましてここ最近ろくなものを食べていないことで力も出ない。
(……力が足りぬ、気配で奴とわからぬなど)
茶斑は自分の失態に腹を立て、地に八つ当たりしようとするも上手くいかず、そのまま突っ伏し動けなくなってしまった。
* * * * *
「――弦庵殿! しっかり」
「誰か! 医者を――」
部屋から成り行きを見守っていた佐之助が、騒ぎに気付いて何事かと庭に下りようとすると、奉公人たちが弦庵――茶斑――を抱えてワアワア言っている。そのすぐ後ろからは心配顔の佐衛門とお類が付いてきていた。
茶斑は苦しそうに呻き悶えている。母屋まで運ばれ、とりあえず佐之助の部屋の前にある縁側に寝かせられた。
奉公人の一人が佐衛門に言われて水を取りに井戸へと駆けていく。それを見やってから佐衛門が気遣わしげに問うた。
「弦庵殿、一体――」
「――いや、よくあることで、の。……」
言葉を呻きとともに茶斑は、息も絶え絶えといった風に言う。
布団がすぐに客間に敷かれ、奉公人たちは茶斑をそっと寝かせた。水も運ばれ、一息に飲み干すと少しは楽になったのか、息をつく。
「――この屋敷に、邪魔をする者がおる」
「何――と? ……怪異はこの屋敷内の誰かの仕業だと仰られるのか」
佐衛門がさっと顔に朱を昇らせた。
それを感じ取り、慌ててお類が口を出す。
「きっと、奥様が良くならぬようにと願う物の怪の類いの呪いでしょう。この屋敷の者の仕業とは思えません」
かぶりを振って必死に言い募るお類に、佐衛門は深く俯いて呟く。
「すまぬ。――あれにまで何かあって欲しくはないのだ」
「いいえ。旦那様がお謝りになることなどありません。――お気持ちは分かります。私ら奉公人がご厚意に甘えず、しっかり奉公の気持ちを持って勤めていれば。旦那様がお悩みになることも……出過ぎたことを」
「いや。お前は私らの家族も同然。遠慮せず、悪いところは悪いと教えてくれんか」
お類は深く俯きそっと下がる。控えていた奉公人たちも俯いている。
重い沈黙を破って茶斑が口を開く。
「その、正体を掴まねばなりません。……少し、休ませて頂きたい」
息も荒くそれだけ言って、茶斑は眠った。
深く溜息をついて佐衛門たちも部屋を後にする。
佐之助はぼんやりと縁側に留まっていた。
皆が部屋を出た後、お類は障子を半間分閉め、離れを見る。物憂いその表情は哀しんでいるようにも憐れんでいるようにも見て取れる。
お類は佐之助に目もくれず、そのまま離れに向かって行った。
それを見送るように見つめていると、障子の奥から声がする。
「――おい、そこの」
弦庵の声が佐之助に掛けられた。
「中に、入って来い」
言われるまま佐之助が中に入ると開口一番、
「お前は何者、だ。……儂の姿は視えて、おろう」
茶斑は布団の中でまだ辛そうな顔をしている。
「俺は、上総佐之助。上総屋当主である上総佐衛門の息子……といっても居候のようなものだ」
「……ほおう。なるほど、なるほど。儂は茶斑という。お前、青柳を、知っておるな?」
「ああ。勿論」
「青柳に一杯、食わされた。お前、蓬に覚えはないか。おかげで何日かは調子が悪くなることになったわい」
「蓬? ――ああ、埋めろと言われたからそうしただけだ。しかしお前さん蓬を食ったのか? 埋めたのを? そりゃあ食い意地が張っている」
くつくつと佐之助は笑う。それを茶斑は恨めしそうに睨んだ。
「馬鹿者。自らに毒だと、分かって食う馬鹿がおるか。食わされたと言っておろうが。毒でもしばらくすれば動けるというに。まあ痛みは、残るが仕方が無いの。あの、化蛙めが」
言って茶斑はふううと鼻息を荒くする。
「お前、青柳が何者かわかって、ここに、居るのか?」
「さあ? 青柳にしろお前さんにしろ、俺には何なのかよく分からん。人ではないということは良くわかっている。それよりお前さんこそ何しに来たんだ? ……その、何か盗るつもりなら蔵に先代の遺した物があるから、ええと。狸だからと言って親父を騙すのは……」
やめてもらいたい、と最後まで言えない佐之助に茶斑は目をかっと見開いて応えた。
「儂は、こう見えても坊主じゃ。その辺の生臭坊主と、一緒くたにしてくれるな。つくづく年寄りをなめておる」
その呆れた口調がお伽話の狸よろしく、佐之助は笑う。茶斑は笑う佐之助をじっと見据えると言った。
「お前、迷っておるな」
「何を?」
その真摯な獣の瞳に気圧されながらも佐之助が問いかけると、気を張っていたのが抜けたのか、やや間が空いた後気怠そうな声で答えた。
「……乗ったぞ、青柳……」
茶斑はそのまま目を瞑ってしまい、本当に眠ってしまったようだ。