話外 あおやぎ
りゅうかげんそう
――ぴちゃん、ぴちゃん
――雨が降っている。
町並みは静かで、灰色に煙っている。
その絵のような景色のなかに歳の頃は七つほどの子供がひとりいた。
突然迷い込んだようでもあり、随分前からそこにいるようでもあった。
――ぴちゃん、ぴちゃん
子供は思う。
(おれしかいないみたい)
あちらこちらにできた水溜まりを大川の土手沿いに跳ねて歩いていた。
雨はまるで霧のようで少し先の視界を見えなくしていて、それがこの子供をなにやら不安な気持ちにさせる。
(早く帰らないと、なにかあるかも……こわいことが)
――ぴちゃん、ぴちゃり。
子供が跳ぶのをやめたのは、その足で数十歩先に巨きな柳の木が見えたからだった。
重たそうに緑の葉の集団を垂らしている。まるで子供を誘うかのごとく雨に揺れながらそこにある。
寺子屋に通うようになったばかりの子供は、最近できた一つ上の友達に聞いた噂話をぼんやりと思い出していた。
――柳の下で殺された、女の幽霊が、出る。
実際には柳の見た目からくる噂話だったのだろうが、小さな子供は真実そこに幽霊が出るのだと思えていた。
どきん、と心臓が大きく音を立てる。
幹の影からは桜色をした薄物が見えていた。
子供はそうっと振り返ったが、誰も、いない。
いつもなら一緒に帰る友達も今日はなぜかいない。
――誰も。
「なにをしてるんだい」
不意に声をかけられ、びっくりして前を振り向くとそこには青色のぬめりとしたものが視界一杯にある。
そのまま視線をそろそろと上げると、大人ほどの身丈の真っ青な蛙――そのくせひとのように着物を着て――が子供を見下ろしていた。
「道にでも迷ったのかい。そんなに、ずぶぬれで」
蛙が口を開いた。
大きな青い目をぎょろりとさせ――目まで青い――子供が驚きすぎて声も上げられずに立ち竦んでいると、蛙はその大きい口の端を引き上げ、にんまりと笑う。
「坊、おまえは……」
蛙が何か言ったのを終いまで聞かずに子供は走り出していた。
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