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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第八章 事態は一転、どん底です
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10 驚愕の目で見つめられます


 やがてふたつの《魔力の檻》は、ほとんど表面が接するぐらいに近づいた。お互いの陣営の魔導士だけは、検分と警戒のためにすぐそばの空中に浮かんだ状態だ。


「皇子……!」


 俺は檻の壁にはりつくみたいにして、向こうの檻の中を見つめる。やっぱり顔は見えない。髪の色は皇子のものにそっくりだけど、顔が血まみれでまったくわからないんだ。

 と、互いの檻が接したところでブウン、とちいさな音がして、少しずつその部分の障壁が薄くなりはじめた。最初、それは小さな野球のボールぐらいの大きさだった。けどそのうち、腕二本ぶんぐらいは通せるほどの丸い窓になった。


「皇子っ……!」


 俺は夢中でそこに手を突っ込み、倒れている人に手を伸ばした。体の一部に触れておかなければ、《治癒》の効果がものすごく薄くなっちまうからだ。

 ギリギリまでのばした指の先に、やっと肩先のあたりが触れる。

 よかった。温かい。ってことは、この人はまだ生きている。


《触れました。すぐ始めますッ》

《はい。どうぞよろしくお願いします》


 静かな宗主の声が頭の中に響いたのと同時に、俺は目を閉じた。

 気を静め、全神経を指先に集中させる。

 俺の中にある膨大な《癒し》の魔力(マナ)が渦を巻き、(ほとばし)って、相手の体へと流れ込んでいく。

 マナにひたされた俺の感覚は普段の数十倍、数百倍まで研ぎ澄まされ、相手の体の状態が手に取るように目に見えた。

 見た目以上にひでえ状態だ。

 内臓もかなり損傷しているし、腕や足の骨も砕かれている。

 これでまだ生きているのが不思議なぐらいの重傷だ。

 ふつふつと湧きあがってくる怒りの感情を、俺はどうにかこうにか抑えこんだ。怒りに我を忘れれば、集中力を失ってしまう。そうすれば、マナの流れが十分に力を発揮することができなくなる。


(落ちつけ……落ちつくんだ)


 何度も自分にそう言い聞かせながら、俺は相手の体をくまなく探り、損傷した箇所を修復していった。

 引き裂かれた血管と筋肉。潰された内臓。

 最後に、皮膚の小さな傷まで完璧にもとどおりに。

 ただ、ちょっと気をつけなきゃなんないのは、「やりすぎないこと」だった。

 なにしろ、あんまり必死になりすぎてマナを送りこみすぎると、この人を赤ん坊にしちまうからな、俺。さすがにそれはまずい。


 ってなわけで、俺は慎重に慎重に作業を進めた。もちろんいつもそうしてたけど、今回はいつも以上に。

 じりじりする時間が過ぎ去った。俺は自分の仕事の状態を何度も確認し、最終チェックに入る。

 とか言ってるけど、これは全部、俺が自分の頭の中だけでおこなう作業だ。みんなの目には、ただひたすら目を閉じて相手の体に触れている俺の姿が見えているだけだろう。


(よし……。いいかな)


 恐るおそる薄目を開ける。

 最初に目に入ってきたのは、男のさらっとした綺麗な黒髪だった。顔は相変わらず向こうを向いている。


「あの……皇子。皇子……で、すよね?」


 声がバカみたいに掠れている。最初はうまく喉から出てくれなくて、俺は何度か呼びかけた。

 ──やがて。


 ぴくっ、と男の睫毛がゆれて、ゆっくりと顔がこちらを向いた。


「……ケン……ト?」

「……!」


 途端、視界がうわっとぼやけた。

 俺が見間違うはずがない。精悍な顔だちに涼やかな蒼い目。

 それは間違いなく、帝国の第三皇子、クリストフ殿下だった。


「……どうしたんだ、私は。ここは、いったい……?」

「あ、まだ急に動いちゃダメっすよ。治療したばっかなんで」


 俺は片袖でぐしっと顔をぬぐって、にかっと笑って見せた。言った通りで、皇子はまだ少し頭がふらついているようだ。


「どうしてそなたがここに──というか」


 そこまで言ってから、皇子は急にぎょっとなったみたいに上体を起こした。ズタズタな状態だった騎士服までは直せないんで、なんちゅうか半裸? みたいな格好なんだけど、それはどうでもいいみたいだった。


「ここはどこだ。あれから一体──」

「……えっとね。話せば長くなるんスけど。とりあえず皇子、すぐこっちへ」

《勝手な真似は控えてもらおう》


 俺が皇子に手をのばしたのと同時にいきなりねじこまれて来たのは、魔族軍リーダー格の錆じみたダミ声の思念だった。


《どうやら治療は完了したようだな。皇子の確認はできたのだろう? こちらもおてんば姫の正体は確認できた。重畳(ちょうじょう)である》

「な──」


 皇子が驚愕を隠そうともしない目で魔族軍を凝視する。

 その目に突然、ありありと浮かんだ「理解」の光が、信じられないものを見る色に変わって俺を見つめてきた。強い目で。

 俺が大好きな、きれいな蒼い目で。

 嘘だろう、とその目が問う。


 『なぜだ。どうしてだ。なんでお前が──?』って。


 ──そうだよ。皇子。

 でも別に、これはあんたのせいじゃねえかんな。

 あんたは何も責任を感じる必要はねえ。


 そう思って俺が苦笑した瞬間だった。

 空中に浮かんでいたふたつの《檻》は、さあっと嘘みたいに引き離された。壁に開いていた穴はきれいに塞がり、急速にスピードをあげて反対方向へ飛びはじめる。

 俺の《檻》は魔族がわへ。

 皇子の《檻》は帝国がわへ。


 俺は急いで自分の腰バッグに手を突っ込んだ。足もとは不安定だけど、なんとかバランスをとって振りかぶる。そうして相手の《檻》にあいた穴をめがけて、渾身の一球を投げ込んだ。皇子の《魔力の珠》をな。


 ──やった。入った!

 ナイスコントロールだぜ、俺!

 皇子、パシッと受け止める。ナイスキャッチ!

 俺は思わずにかっと笑った。

 本調子じゃないのに、咄嗟にこれができるあんたもさすがだよ。


「ケント……ッ!」


 皇子の悲痛な叫び。

 それが聞こえた気がしたけど、俺はもう振り向かなかった。

 ドットを抱きしめ、まっすぐに前を見る。

 そうだ。

 ここからはもう、周りに味方はこの子一匹だけ。

 ここからは、俺たちだけの戦いが始まるんだ。



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