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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第八章 事態は一転、どん底です
95/143

9 目を覆うばかりの光景です ※

※残酷描写ありです。


「いったい何ごとなのですか! 皇子は『無事に返す』という約束だったではありませぬかッ!」


 魔導士の悲痛な叫びに、帝国陣営がザワッとまた緊張した。

 俺の心臓がドクンと跳ねあがる。

 こんなの、イヤな予感しかしねえ。

 なんだ? いったい何が──


 必死に目を凝らして向こうを見つめる。

 あっちの檻の中の人物は、やっぱり倒れているように見えた。と、ほんの一瞬のことだったけど、こっちの檻の障壁が目の前だけ薄くなった。


(え……えっ)


 喉がひきつる。声が出ねえ。

 檻の中で横たわっている人物は、確かに皇子のように見えた。でもそれは、騎士団が着る隊服の残骸がやっと肌にまとわりついていることでわかったことだ。


「あ……ああっ……ああああっ!」


 思わず両手で頭を抱える。

 それはもう、ひどいなんてもんじゃなかった。

 皇子の服はズタズタで、皮膚の上にはそれ以上に、目を覆うような傷が走りまくっていた。一部は皮膚を剥がれているらしい。ほかにも、引き()れて(ただ)れたみたいな場所もある。火傷だろう。

 ひどい出血に、殴打の痕らしい紫色や赤に腫れあがった場所。あちこち骨折もしているんだろう。顔は向こうを向いていてよく見えないけど、足や手の先が血に染まっているのは恐らく、ひどい拷問のあとだろうと思われた。


──ひでえ。ひどすぎる……ッ!


 悪寒がするときみてえに体がぶるぶる震える。

 全身の血が逆流する。

 視界がゆがむ。


 「無事に返す」って言ったんじゃねえのか、てめら。

 それがなんだ、このザマはよ。

 皇子を捕まえた時には、そこまで重傷を負ってたって話は聞いてない。後方にいるベル兄が真っ青になり、拳を震わせているのが見える。

 本当にひでえ。

 てめえら人間じゃねえ。……って人間じゃねえのか。くっそう!


「こンの、クソがっ……クソが──クソどもがあああああッ!」

「ぴゃうっ!?」


 ドットがびっくりして檻の隅までとびすさったのにも、俺は気づいていなかった。

 狂ったみてえに檻の壁をブッ叩き、絶叫する。でもどうせ俺の声なんて、この壁に(さえぎ)られてみんなには聞こえやしねえ。くそっ!

 ……と、思ったのに。


(んだよ……?)


 なんとなく周りの様子に違和感を感じてふと見ると、敵も味方もみんなして、ぽかんと俺を見つめているのに気がついた。

 と、静かな声が頭の中で響いた。


《……マグニフィーク大尉。どうか落ちついて》

《えっ……宗主様? あの、俺──》

《ええ。聞こえておりますよ、あなたの心の声が。この場にいる全員にね》


(どういうこったよ?)


 まあいい、今はそんなこたあどうでも。

 逆に、奴らにも聞こえてるってんなら好都合だ。

 俺はぐいっと、黒いドラゴンに(またが)っている人型の魔族をにらみつけた。


《おい、魔族ども。てめえら、俺らを舐めてんのか?》

《噂には聞いていたが、思った以上だな。相当に口の悪い姫だ、おてんば者の公爵令嬢どのは》


 魔族の男──体つきと声質からして、たぶん男だ──は、こっちを嘲る意図をめいっぱい湛えた声で応じてきた。

 乗っているドラゴンよりは薄めの黒灰色の肌をして、尖った耳にねじれた角の生えたやつだった。髪の毛は一本もねえ。裸の体に直接鎧をつけている。

 すんげえ胡散臭(うさんくせ)え。めちゃくちゃ酷薄そう。そのダミ声は、聞いてるだけで気分が(わり)い。


《姫って呼ぶな。その状態じゃ、その人が本物の皇子かどうかもわかんねえだろが。ろくに顔もわかんねえじゃねえかよ。これじゃこっちも交換には応じられねえ。先に治療をさせやがれ!》

 男はふん、と鼻先で笑った。

《左様なことは、貴様に決められる筋ではないな。今の貴様は、単なる交換物にすぎぬ。貴様の意思などこの場には関係なきことよ》

《うっせえわ! てめえらがそんなに傷つけてなきゃあ良かったんだろが。自業自得っつうんだよ》

《まあ、そこは仕方がない。こちらには人間に対して恨み骨髄の者どもが多いゆえ。私は『傷つけずにつれてこい』と命じておいたのだが、人間というのは思いのほか脆弱だったようでな》


(っのやろ……!)


 俺は奥歯をばりばり(きし)らせた。

 こめかみにも、たぶんビキビキ血管が浮き出てんじゃねえかと思う。


《そんなおためごかしが通じるか、ボケェ!》

《貴様も知っているとおり、わが軍の者らは気性が荒いのが多くてな。その上、爪先のほんのひとはじきでも、人間は重傷を負う。部下にしてみれば、これまでの意趣返しをほんの少しばかりしただけのつもりだったのだ。あの程度でここまでになろうとは、わたしも魔王様も考えていなかった》

《……てめえっ!》

《さあ、落ち着いて。マグニフィーク大尉》


 遮ったのは宗主さまの声だった。


《しかし、魔族の頭目どの。大尉の申し出は理にかなっていると思いますよ。我々としても、そこにいるのが本物の皇子殿下であるか否かを確認する必要がございますゆえ》

《……ふむ》

《ここはひとつ、二つの《檻》を近づけて、大尉に治癒をほどこしてもらうのはいかがでしょう。さすればそちらも、これが本物のマグニフィーク大尉であることを確認もできようというものなのでは?》

《……しばし待て》


 魔族の男はちょっと考えたらしかった。

 左右を固めている他の魔族と小声でちょっとやりとりしている。それからあらためてこっちを向いた。


《よかろう。ただし余計な真似をするなよ》

《当然にございます。……さ、マグニフィーク大尉》


 宗主が静かにそう言った次の瞬間、俺の《檻》がゆっくりと皇子(らしき人)の入った《檻》に近づきはじめた。



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