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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第八章 事態は一転、どん底です
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8 俺と皇子の交換の儀です


 空中に忽然(こつぜん)とあらわれた黒い渦は、最初は青空にぽつんとできた黒いシミみたいに見えた。でもそれは、見るまに大きく広がった。遠近感がおかしくなってて大きさはよくわかんねえけど、たぶん学校の運動場ぐらいはありそうな感じだ。


(来たか……!)


 魔族の《跳躍魔法》。前回、皇子を(さら)ったときにも、奴らはこういう渦みたいなもんから現れたってのは聞いていた。

 本来なら、奴らがこんなに簡単に帝国内に《跳躍の門》を開くことはできない。もちろん魔塔の魔導士たちが常に強力な結界を張りめぐらせているからだ。

 今回はお互いの協定により、この場所にだけ意図的に結界の穴みたいなもんを作ってある。そうでなきゃ、本来こんなことは不可能なんだ。だからこそ、皇子を攫ったときの出来事はイレギュラー中のイレギュラーってことになる。


 俺がそんなことを考えているうちにも、渦はどんどん大きくなった。やがてブラックホールみてえなその奥から奇妙な音が聞こえはじめた。


 ──カシャカシャ……

 ──ザワザワ……


 ちょっと聞くと昆虫の群れかなんかがざわめいているような乾いた音。

 でもそれは、あっという間にもっと重くて湿ったものに変わった。それと同時に、ムッと鼻をつくような悪臭が(あふ)れでてくる。

 魔族軍の登場だった。


 帝国側のみんなの緊張度がさらにあがる。騎士や兵士たちは身構え、魔導士たちは詠唱の声を大きくした。

 魔族たちは例によってオーガとか、トロルとか呼ばれるような知能の低いタイプの巨大な兵士たちと、いろんな形をした魔獣を引き連れている。どうやってそういうのの統制をとってるのかはよくわかんないけど、上層部は一応、知能のあるタイプが中心らしい。

 その中で、黒々とした巨大なドラゴンに乗った人型の奴がこの一団のリーダーらしかった。皇子を攫ったときにもこいつが来ていたのかもしれない。

 空を飛べないタイプの奴らは次々に地響きをたてながら地面におりてくる。

 リーダーの操るドラゴンは、鉤爪(かぎづめ)の足にどす黒い光を宿した球体をつかんでいた。


(皇子ッ……!)


 すぐにわかった。

 あれはちょうど、俺が入れられている《魔力の檻》の魔族版だということが。

 俺のとは逆に、あっちは本当に全体がどす黒い感じだ。「黒い光」って矛盾してるように思うけど、本当にそんな感じだった。球体の周囲を黒い稲妻がはね光り、バチバチと不穏な音を立てている。

 俺の周囲にある障壁とあっちの障壁とで、視界はものすごく悪い。中にいるのが本当に皇子なのかどうか、体の状態がどうなってるのか、俺からはよく見えなくてイライラした。

 俺は自分の檻の内側にはりつくみたいにして、あっちの球を凝視した。

 中には確かに人影が見えるみたいだ。でも、どうやら倒れているように見える。そして微動だにしない。

 

「皇子っ……。くそっ、大丈夫なのか!?」


 と、あっちの巨大なドラゴンがつかんでいた黒い球体をゆっくりと放した。球体は落下もせずにその場にとどまり、ふわふわと浮いている。そのすぐ隣に、長いローブを纏った魔族の男がひとりだけ残った。

 ドラゴンとほかの魔族たちはゆっくりした動きで後退する。

 と同時に、俺の《檻》も動きだした。

 あっちと同じように、すぐ隣に魔塔の魔導士がついてくれる。よく見たら、魔塔に行くときによく道案内をしてくれていたおっちゃん魔導士だった。

 こっちの軍勢も俺たちから離れてそろそろと後退していく。


 お互いに地上から百メートルぐらいのところで一旦停止すると、《檻》の場所はそのままで、互いの魔導士だけがするするっと空中を浮遊して移動しはじめた。

 つまりこうやって、お互いの「交換物」を確認しあい、それが確かめられたら交換開始ってわけだ。

 こっちだって、まさかニセモノの皇子をつかまされるわけには行かない。それはあっちだって同じことだしな。

 魔導士ふたりはちょうど真ん中のところで無言のまますれ違い、まっすぐに相手の球に近づいていく。


 俺は見えづらい《檻》の隙間から必死にむこうをうかがった。

 おっちゃん魔導士があっちの《檻》のそばに寄り、中を調べているみたいだ。

 こっちはこっちで、でかい牙を生やした青い皮膚をした魔族の男が、胡散臭そうな赤い目をして俺をじろじろと検分している。俺はそいつを思いっきり睨み返してやった。

 ドットが完全に威嚇モードになっちゃってる。


「ギュワワワッ、グルルルルウゥ!」


 歯を剥きだして大変な権幕だ。

 俺は肩に乗っているドットの体をそっと叩いてなだめた。


「ドット、落ちつけ。今は暴れちゃダメだかんな?」

「クルルルウ……」


 ドットが相変わらず相手を睨みつけながらも静かになる。

 と、魔族の魔導士は満足したみたいにリーダー格の奴にむかってうなずいた。納得したみてえだ。そりゃそうだ、こっちはちゃんと()()だかんな。

 だけど、皇子の方はそうはいかなかった。


「こっ……これは」


 おっちゃん魔導士がひび割れた声で(うめ)いたのが聞こえた。


「いったい何ごとなのですか! 皇子は『無事に返す』という約束だったではありませぬかッ!」


 魔導士の悲痛な叫びに、帝国陣営がザワッとまた緊張した。


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