6 皇宮の一室に軟禁されます
《ほんとにごめん、シルヴェーヌちゃん》
《……いいえ、健人さん。もうそれはおっしゃらないで》
三日後。
久しぶりに連絡してきたシルヴェーヌちゃんに、俺はことの顛末を説明していた。
夜、自分の寝床の上だ。
ただし、ここはマグニフィーク公爵家の寝室とはちがう。俺はあの夜から皇宮内の一室をあてがわれ、そこで寝起きすることになったからだ。
もちろん地下牢とかじゃねえよ? ちゃんとした綺麗な客間だ。どうやら他国の王族を招く時なんかに使われるところらしい。でかいベッドをはじめ豪華な調度品がしっかりとしつらえられ、食事だって美味しいものがきちんと三度三度運ばれてくる。
ただし、周囲は魔塔の魔導士たちによる魔力障壁でがっちりとガードされ、アリの子一匹這いでる隙はない。さらに、皇宮づきの騎士団が二十四時間交代で周囲をずっと警備している。
つまり、体のいい軟禁だった。
まあ仕方ない。これも魔族どもの要求のひとつだったからな。
ドットは例によって枕元でくうくう寝ている。
もう少しでこの子も兵士たちに引き離されるところだったけど、俺からひっぺがされそうになった途端、凄まじい咆哮をあげて炎を吐き、暴れ出しちまった。だもんで陛下が「よい、そのままにしてやりなさい」とおっしゃってくださったんだ。
《お話を聞いて、事態はよくわかりました。宗主様と陛下がおっしゃることが正しい道筋ではないかとわたくしも思います》
シルちゃんの思念はとても静かだったけど、すごく緊張しているようにも聞こえた。そりゃそうだよな。
こっちでシルちゃんの体に何かがあれば、彼女はこっちに戻ってくる方法を失ってしまうだろう。少なくとも、もとの「シルヴェーヌ」として戻ってくることは絶望的だ。
申し訳なくて申し訳なくて、俺はどうしても言葉少なになりがちだった。
《……ほんとにごめん、シルヴェーヌちゃん》
《もうおっしゃらないでと申しましたわよ? ……それで、出発はいつなのですか》
《うん。まだ十日は先だって。色々、お互いの国同士で相談とか、準備とかあるらしくてさ》
《……そうなのですね》
あれから、こっちの政府とあっちの魔族の親玉とで、色んな取り決めがなされていった。細かいことまでは俺にも聞かされていないけど、かなり細かいとこまで詰めなきゃなんねえらしい。お互いじっくり時間を掛けている。
本当は、一刻も早く皇子を返してほしいのは山々だった。もちろん、俺もだ。
奴らは皇子を「無事に返す」とは言ってるけど、それは「完全な無傷」を意味するとはとても思えなかった。攫われたときは凄まじい戦闘だったんだし、皇子がどこか怪我をしていた可能性はある。あまり時間をかけすぎれば、皇子の命だって危ないかもしんねえんだ。
だから俺は、この時間をずっとジリジリと待っていた。
《お父様とお母様は、なんと……?》
《ああ……うん》
そうだ。
その間に、俺はパパンやママンにも事情を説明しなきゃならなかった。
ふたりは真っ青になって、この部屋まで俺を訪ねてきてくれた。エマちゃんも一緒だった。
『なんということだ……。素晴らしい魔力を授かった身というのは、様々な覚悟をせねばならぬというのは理解していたつもりだったが──』
パパンは蒼白になりながらも、なんとかそう言ってくれた。
ママンはずっと、ぐしょぐしょのハンカチを目から離すこともできずにいた。いつもはきれいに結い上げている髪も、なんかボサボサしている。一応ちゃんと化粧はしてきたんだろうけど、涙で流れて見る影もない。肌艶もすんごく悪かった。
『大切な皇子殿下をお救いするためとはいえ……なんとかならないの? こんなこと、許されていいはずがありませんっ……! わ、わたくしの大事な……大事な娘を、このような──』
泣き崩れるママンの隣で、エマちゃんも必死で嗚咽をこらえていた。
でも、ただの使用人の身で公爵と公爵夫人の前で号泣するわけにもいかず、目にいっぱい涙をためて俺のそばに跪き、手をずーっと握ってしゃくりあげていた。
パパンとママンは俺を──というか、シルヴェーヌちゃんを──しっかりと抱きしめて、最後は「しっかりやっておいで」と言い、涙を浮かべ、肩を落として部屋を出ていった。エマちゃんも俺をふり返り、ふり返りしてやっとのことで出ていった。
俺はよっぽど本当のこと、ふたりに言おうかって思った。
俺がほんとはあんたたちの本当の娘じゃなくて、異世界の男なんだってこと。
でも、やっぱり言えなかった。……それはこの作戦が、ちゃんと成功してから話すべきことだと思ったからだ。
《そうでしたか。……わたくしの代わりに、両親にきちんと挨拶をしてくださったのですね。ありがとうございます、健人さん》
《ごめんな……》
本当は、君をちゃんとこっちの世界に返してあげたかったのに。
《あのさ。こんな時にナンだけどさ。シルヴェーヌちゃん》
《はい?》
《シルヴェーヌちゃんは、ちゃあんとパパンとママンに愛されてるよ。今回のことで俺、それは確信した。本当に》
シルヴェーヌちゃんの思念が、ふっと微笑んだ感じがした。
《……そうですか。ありがとう存じますわ、健人さん》
(──でも)
ぐっと下腹に力を入れて、俺はあらためて目をあげた。
《でも、シルヴェーヌちゃん。ぜってえ諦めねえでほしいんだ》
《はい……?》
《この作戦、ぜってえ成功させる。皇子のことだってちゃんと助ける。そのために、宗主さまと細かく色んなことも相談してるし》
《……はい。わかっております。わたくしのことは、どうかお気になさらないで。健人さん》
シルヴェーヌちゃんの思念は、前よりもさらに大人びて、なんかすんごく透明で、綺麗な感じがした。
……この子は基本、とってもキレイな子なんだよ。
知ってたけどさ。
《健人さん》
《ん?》
《どうかご無事で。あなたのことも、クリストフ殿下のことも……どうかご無事でありますように。こんなにも遠いところからですが、わたくしは心から、本当に心からお祈りいたしておりますわ》
《……うん。ありがと》
最後に「ご武運を」と静かにひと言いって、シルヴェーヌちゃんの思念はふっと俺の中から遠ざかっていった。





