10 お祝いムードが広がります
「私が聞きたいのはそんな返事じゃない。それに……そなたはいま、盛大に嘘をついている」
「なっ……き、決めつけんなよっ!」
ううっ。完全に図星だ。
でも認めるわけにはいかねえ!
「う、嘘なんか、ついてねえっ」
「それも嘘だな」
ため息をつくな。くっそう!
てかそれ、本当にその気のない相手だったらストーカーとかモラ彼氏とかの発言って言われんぞ? バッチバチにヤベえ奴って言われんぞっ!
こっちは相変わらず睨みつけてんのに、皇子はどんどん優しい目になっていく。
見てらんなくなって、俺はまた視線を落とす。
「ほかのことではとても素直で開けっぴろげなくせに。この話になると、そなたは途端に正直でなくなる。なぜなんだ?」
「……っ」
俺はもう、絶句して皇子を見返すしかできなくなる。
なんだよ。どうしろってんだよ!
そりゃあんたの気持ちはわかるよ。好きな女(いや男か……?)がちょっと気がありそうなそぶりを見せてるくせに、こうやって真正面からツメたら「いや友達として好きなだけだし」なんて言い張ってる構図。
俺が皇子の立場だったとしても「そりゃねえべ?」ってなる案件だもんよ。
ひでえよな。
……ひどすぎるよな。
サイテーだわ俺。
もうなんも言えねえで、俺はまた地面に目を落として固まった。
「……そうだな。すまない。無理強いをしたいわけじゃないんだ。もちろん、そなたの気持ちは何よりも最優先する。……すまなかった」
皇子はすっと頭を下げた。
そこはさすがに皇族だ。座ったままとはいえ姿勢もよくて、どこからどう見てもビシッと決まってた。
俺は何か言おうと思った。でも結局は言葉を飲みこんだ。
(……ちげえ。そうじゃねえ)
そうじゃねえのに──。
もうちょっとで何か、言っちゃいけねえとある言葉が口をついて出そうになる。
でも、俺はぐぐっとそれをこらえた。
その代わり、皇子から顔をそむけてこう言った。
「……もう行こうぜ。ベル兄やエマちゃんが心配するしよ」
皇子はほんのちょっとの間、俺を見つめて黙っていた。
実際、そっちを見てたわけじゃねえ。だけど俺にはわかった。自分の横顔に、皇子の視線がビシバシぶっ刺さっていたから。
(ごめん……ほんとごめん)
ちゃんと誠実に、あんたの気持ちに応えることができなくて。
ふらっと立ち上がったところへ、タイミングを見澄ましていたらしいドットが物陰から出てきてぱたぱた飛んできた。そのまま頭の上にどしんと乗る。重い。
そのままよろよろと建物に戻っていく俺のあとから、皇子は黙ってついてきた。
◆
「お~。もどって来たな」
そんな言葉で俺たちを迎えたベル兄は、俺と皇子の表情を一瞬にして読み取ったらしかった。そこはさすがに次男って感じだ。
エマちゃんも同じだった。すぐにすんごい心配そうな顔になって、俺にととっと近づいてくる。
「大丈夫ですか? シルヴェーヌ様。お顔の色が──」
「……うん、だいじょぶ。宗主さまとの話も終わったし、そろそろ帰ろっか」
「は、はい……」
エマちゃんがなんとなく助けを求めるような雰囲気でベル兄に視線をやったけど、ベル兄はしれっとした顔のまま「おー。帰ろうぜ帰ろうぜ~」と言っただけだった。
ベル兄も宗主さまになんか話をしたはずだけど、なにを訊いたんだろ。気にはなるけど、なんとなく教えてくれなさそうな雰囲気だった。あとでエマちゃんに訊いてみよっかな。
──と、思ったんだけど。
マグニフィーク公爵家に戻ってから訊いてみたら、エマちゃんは困った顔になって首を横に振った。
「申し訳ありません。あのう……ベルトラン様から口止めをされてしまいまして」
「あ、そーなの?」
「はい。もっ、申し訳ありませんっ……!」
「あ、いーのいーの、そういうことなら。気にしないでっ」
エマちゃんはそれでも必死に俺に向かって頭を下げ続けた。俺がそれ以上追及するなんて、できねえ話だった。
そもそもエマちゃんは俺専属の侍女だけど、それでもマグニフィーク公爵家に雇われている身だもんな。そこの次男坊から口止めされたら、しゃべれないのは当然だ。俺だってそれを無理やり聞き出すなんて、可哀想なことをするつもりはねえ。
そうこうするうち、あっという間に十日ほどが過ぎ去った。
聖騎士トリスタン殿も、ようやく落ち着いてきた前線から戻ってきて、俺よりもさらに格上にあたる名誉勲章を陛下から授与された。
実はこれ、俺が陛下にこそっとお願いしておいたことでもあった。
「あの人には、ぜひ俺よりも上のクラスの褒美を与えてください」ってさ。
だって当然だろ? あの人は長い年月、北壁の守りを続けて来た英雄だ。ぽっと出の俺が、たまたま変わった能力持ちだったからってその褒美や栄光を掠めとるようなこと、ぜってえしたくねえと思っていたから。そこんとこ、ずっと気になってたんだよな。
聞くところによると、陛下と北の魔王との交渉は順調に進んでいるとのことで、帝国内には平和への希望に満ちたお祭りムードが漂い始めていた。
街に出れば、あっちやこっちで和平を祈り、祝うお祭りが企画されてるのがわかった。
(よかった。本当によかった。……このまま平和になってくれるといいな)
──でも。
俺たちは、そこで安心するべきじゃなかったんだ。
なぜならその後すぐ、俺はそれを身をもって思い知らされることになったから。





