9 好きかキライか。それが問題なのです
「『グレーゾーン』……? 意味がよくわからないが」
皇子がきょとんと俺を見た。
「わかんなくってもいいんだよ。要するに、『キライじゃない』はそのまま『好き』ってことにはなんねえってこと! しかも恋愛的な意味では」
「それはそうだが」
皇子、なんか寂しそうな顔になった。
「好きでは……ないと?」
うわ。だからそんなあからさまに凹むなって!
「だぁから! そういう単純なことじゃねえって。落ち着けよ」
「……そうだな。きちんと聞きたい。そなたがどう考えているのか。今度こそ」
そこでやっと、皇子は「彫像ドン」をやめてくれた。
「とりあえず、座らないか」
「ああ……うん」
そのまま近くにあったベンチを見つけ、二人で腰を下ろす。
ちょっとの沈黙がはさまった。膝の上で組み合わせた指をしばらくもにょもにょさせてから、ようやく俺はおずおずとしゃべりだした。
「あんたのことは……キライじゃない。むしろ──」
と言って、俺は何回か呼吸を繰り返した。
すーはーすーはー。
「むしろ……好きだよ。ほんとだよ」
「ケント……!」
「あっ、こらこら!」
だからってすぐに抱き締めてこようとすんなこの野郎!
離れろ、ハウス!
俺がぐいーっと皇子の胸を押し戻したんで、皇子は行き場のなくなった両手を仕方なくおろした。なんか呆然としてる。……あのなあ。
「つまりさ。友達としてはちゃんと好きだよ。ベル兄とあんたは友達だろ? 戦友で、親友なんだろ? だからそのぐらいには俺だって──」
「友達……親友?」
「そう。親友」
皇子の瞳が揺れた。
「それはまことか」とその目が言ってる。
──うん。
まことじゃねえな。
俺は嘘をついている。
本当はそうじゃねえ。そんなこたあわかってる。
でも、ここでそれを認めちまうわけにはいかなかった。
「友達だって、ちゃんとした『好き』だろう? あんたは俺が、いまシルヴェーヌちゃんの格好をしてっから誤解してんだと思う。俺が女の子の姿なもんだから」
「そんなことはない」
「いやあるね。だってあんた知らねえじゃん。前にも言ったけど、俺はあっちじゃすんごいフツー顔の、冴えねえただの高校生なんだぜ。庶民だから金持ちでもなんでもねえし。まだ親の臑齧りだしっ」
「そんなことは関係ない」
「関係あるってばよ!」
とうとう俺は、ベンチの座面をバチンと叩いた。
もういい。こんなのもうごめんだ。
さっきから、胸が痛くて痛くてどうしようもない。
「あっちに行ったらあんた、絶対に後悔する。しかもわりとすぐにだ」
「どうしてそんな──」
「黙って聞け」
殺気をこめて睨みつけると、さすがの皇子も口をつぐんだ。
「あのなあ。言いたかないけど、あっちにもわんさか女の子はいるわけよ。それも、こっちと遜色ないぐらい可愛い子がいっぱいな」
「…………」
「どうすんのよ? そうなってみて初めて『しまった』って思ったら。あんたのことだからフツーに女にはモテるだろうし。『やっぱり女の子にしとけば良かった』とか思っても遅いかもしんねえんだぞ? そんな冒険、かーちゃん捨てて異世界に行ってまでやることなのかよ」
皇子は黙っている。でもその目はものすんごく雄弁だった。「そんなことはしない」「そんなことは思わない、後悔もしない」ってよ。
(だから。そんなはずねーんだよっ)
思わず頭を抱える。
「……あのさ。ひとつ訊きてえんだけど」
「なんだ?」
「あんた、もしやとは思うけど……もともと男もイケる方?」
皇子、さすがに変な顔になった。
「……どうだろう。よくわからない。考えてみたこともないからな。好きになったのはそなたが初めてだし」
「そうだろうと思ったよ」
もう溜め息がでるわ。
いや、もともと男が好きなやつならアレコレ言わねえよ、俺だって。
でも本当は女の子がいいとか、「両方イケます」とかだったら後悔しねえわけがねえじゃん。
いや、本当に男が好きなんだとしても、少なくとも相手は俺じゃねえかもだし。もっともっと魅力的な男があっちにもたくさんいるんだから。
「とにかくっ。今だけの気持ちで突っ走って決めることじゃねえのは確かだ。あんたはもっともっと、よーく考えろ」
「それはわかったが。そもそもそなた、私の問いに答えてないだろう?」
「ん?」
「『親友として好き』とは聞いたが。そなたの返事がそこまでなのなら、さすがに私もこの世界を捨ててまでついていこうというわけには行かない」
「って。何を言ってんだよ──」
「私が聞きたいのはそんな返事じゃない。それに……そなたはいま、盛大に嘘をついている」
「なっ……き、決めつけんなよっ!」
ううっ。完全に図星だ。
でも認めるわけにはいかねえ!





