8 皇子と俺、激突です
皇子は一度、ふうっと息を吐き出した。相変わらずめちゃくちゃ怒った顔だ。
でも、怒るとさらにイケメン度が上がるってどういうことだ。
この人はバケモンか?
もうわけがわかりません。
「この際、はっきりさせておいた方がいいようだな。ケント」
「な……なにをっスか」
「お前、私をいったいどう思ってるんだ」
「ど……どどどうって──」
「私はずっと言ってきた。そなたの中身が男であろうが異世界の人間であろうが関係ないと。それでもお前を──」
ふ、と一瞬言葉が途切れる。
「……愛している、と」
「……!」
俺は思わずぐわっと目を見開いた。そんで、相手を凝視してしまった。
……なんか、久しぶりに。
ほんと久しぶりだな。この人の顔、ちゃんと見んの。
(うわっ……!)
でも一瞬でそのことに気付き、パッと目をそらす。
カーッと身体中が熱くなる。
なんだこれ。なんだよこれ!
途端、ドスッと顔の横に手をつかれた。
(う……)
なんか既視感。
あの時は「枕ドン」だったけど、今回は「彫像ドン」。ちょうど、俺の背後に中庭の彫刻のひとつが立ってたんだ。なんか、多分伝説の精霊かなんかの像だ。
いつのまにかここへ追い詰められていたらしい。くっそう! なんか手慣れてねえか皇子。
「目をそらすなよ」
「そっ、そそ……そらしてねえよ!」
「嘘をつけ。誤魔化そうとしているようだが、なんだかこのところずっと私を避けてるだろう? ケント」
「そ……そんなこと」
ないっス、という最後のひと言がめちゃくちゃ小さな声になる。
恥ずっ。恥っっず!!
「嘘だな」
「嘘じゃねーもん!」
「それなら、今ここで返事をしてくれるか?」
「へ? 返事……?」
「もうずいぶん待ったと思う。私はそなたに──『シルヴェーヌ』ではなく『タナカ・ケント』にプロポーズをしたはずだ。戦場に出向いたため、時間がかかるのは仕方ないとは思っていた。しかし……そろそろ返事をしてくれてもよいと思うが」
「う……あうう」
喉のところが急に詰まったみたいになって、うまく声が出ない。
その代わり、絶対見せたくねえもんが目の方からにじみそうになって、必死に堪えた。
「へ……返事ったって。返事、ったって──」
俺に何が言えるんだよ。
プロポーズってのは「結婚してくれ」ってこったろうが。あっちの世界でもこっちの世界でも、男同士で結婚することは許されてない。まあ、あっちに関しちゃ少しずつ変わってきてる感じはあるけどさ。
それ以上は声が震えそうでどうしてもイヤで、俺は黙りこくった。
皇子がちょっと眉を下げた。なんか悲しそうに。
「……泣かないでくれ。泣かせたかったわけじゃない」
「なっ……泣いてねーし!」
俺は必死で意地を張った。溢れそうになる涙をぐぐっと堪えて皇子を睨みつける。お前なんかに泣かされてたまるか。体は女の子になっちまってても、俺はこれでも男なんだっつの。
「では、これは答えてもらえるか」
「な……何をよ」
「そなたは、私のことが嫌いか」
「……ええっ? そ、そんなわけ──」
「でなければ……好きか」
「ううっ……」
ずりい。これはずっりい。
こんなん、答えは決まってんだろ。
でも、だからってプロポーズだの結婚だの、ましてやあんたまで異世界に行くだの、そんなこと──
「ごちゃごちゃ考える必要はない。そなたの気持ちが聞きたいんだ」
「うう……」
その時だった。
「ウギャアアルウウ!」
ドットが突然叫んで、バタバタと翼をばたつかせ、皇子に飛び掛かろうとした。ってかここまで、俺の隣でめちゃくちゃ皇子を睨みつけてたんだけどな。
ふり回すドットの牙と翼の爪が皇子を傷つけそうになって、俺は慌てた。
「こっ、こら! ドット、やめろ!」
がしっとドットの胴体を抱きしめて止める。
「きゅうるるるう」
途端、ドットはしおしおと大人しくなった。ちろんと俺を見て、不満そうだ。「なんでだよ、キミを守ろうと思ったのに」って言いたそうな顔。
「……いいんだ、ドット。ごめんな。別にこの人にいじめられてるわけじゃねえから。ちょっと、あっちに行っててくれる?」
「きゅう、きゅうう……」
ドットは困った顔でしばらく俺と皇子の顔を見比べるみたいにしたけど、最後にはしゅんっとなって、ふらふらと植え込みの陰へ飛んでいった。
……ごめんよ、ドット。ちょっとふたりにして欲しかったんだよ。
皇子はその後ろ姿を見送っていたけど、すぐにこっちを向いた。
相変わらずの「彫像ドン」の格好のままで。
「……それで? 返事を聞かせてくれるか」
「あううう……」
気のせいか、皇子の顔がさっきよりずっと近え。
いや絶対、ぐぐっと近づいてきてる。
「ちっ、ちけえちけえ、ちけえって!」
くっそう。
そのうえ、話が振り出しにもどったぞ。
「どうなんだ? ケント。私のことが、嫌いか……好きか」
「ず……っ、ずっけえ二択っ!」
「どういう意味だ?」
「言いたくねえっ。そんなの、グレーゾーンだってあんじゃん? 人生にはさあ! いろんないろんな、グレーゾーンってもんがあるじゃんよお!」
「『グレーゾーン』……? 意味がよくわからないが」
皇子がきょとんと俺を見た。





