表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第七章 今後の進路に悩みます
82/143

7 皇子のトンデモ提案です


「ってコラ、皇子っ……!」


 次の瞬間。

 俺はもう一足飛びにすっとんで皇子の隣に立ち、その胸倉をつかみ上げていた。


「なーにをふざけたことをぬかしてやがんでえ! 言ったろーが! アンタはここにいなくちゃなんねえ人だってよお!」

「そうだぞっ、クリストフ!」


 ベル兄も血相を変えて駆け寄ってくる。

 でもその腕は、すぐに皇子の胸元をつかんでる俺の手にかかり、無造作にぐいと引き離していた。

 ま、そうだわな。これ、下手したら皇族侮辱罪とかでチョーンと首が飛ぶとこだもんな。……くっそう、ちょっと興奮しすぎたわ。と思ったけど、俺の興奮は止まりなんかしなかった。

 でも、そんな俺を制してまず言ったのはベル兄だった。


「冗談も休み休み言え。お前があっちに行ってどうするんだ。こっちの国はどうなるんだっ! お前はこの国の皇子なんだぞ!」

「そんなことはわかっている」

「いいや、わかってねーよ」


 次に言ったのはもちろん俺。

 思ってた以上にドスのきいた低い声が出て、自分でも驚いた。


「前にも言っただろ。ここだけの話、いまの帝国の皇太子も第二皇子も、クッソクソのクソじゃねえか。貴族も平民のみんなも、なんだかんだアンタを頼りに思ってんだ。『もしこれからなんかあっても、クリストフ殿下がおられるから安心』ってよ。そのみんなをどーする気なんだっ!」

「…………」


 さすがに言葉につまって、皇子が唇を噛む。

 エマちゃんは真っ青な顔で口もとを覆ってキョロキョロしてる。グウェナエル宗主は相変わらずの()いだ風情で、興奮してる俺たちをじっと見つめているだけだ。


「それにっ、皇后陛下はどーすんだ。あんた、あの人のたった一人の息子だろうがっ。かーちゃん置いてあっちに行くとかふざけんな。そんなの、ぜってえ認めねえかんなっ!」

「……しかしっ」

「しかしじゃねえっ!」

「はいはい、どうどう。落ち着けってシルヴェ……じゃなくてケントか」


 もう一回つかみかかろうとした俺を、すんでのところでベル兄が止めた。

 皇子はもう、どうしようもないような悲しそうな目でこっちを一瞥(いちべつ)すると、ふいっと顔をそむけて宗主に向き直った。


「……ともかく。何か方策はないのでしょうか。私はなんとしても……ケントを一人であちらへ帰したくないのです。それをお訊ねしたかった」

「左様ですか」


 俺たちのヒートアップとは反比例するみてえに、宗主はめちゃくちゃに静かだった。どこまでも。長い睫毛をほんの少しだけを下げて少しのあいだ床を見つめ、何かを考えている風だったけど、やがて顔をあげて言った。


「ともあれ、お時間をいただかねばなりません。ご両人とも、です」

「は……はい。それは、もちろんにございます」

 皇子が困った顔になって頭を下げた。

 俺もそれにならって、慌ててぴょこんとお辞儀をした。

「よっ、よろしくお願いしますっ……!」


 頭を下げたままちらっと盗み見たら、隣の皇子はやっぱり険しい顔をしていた。唇を噛みしめ、両手を握りしめたままだ。

 ……こんなキツい顔したこの人、はじめて見たかも。

 ズキン、と胸の奥が痛んで、目元があやしくなる。

 それをこらえようと奥歯を噛みしめた時だった。いきなり皇子が俺の腕をぐいと掴んでひっぱった。


「えっ? おい……!」


 そのままズルズルと大広間の外へ引きずり出されてしまう。


「わわわっ……あのっ、そそ、宗主様っ、それじゃ、あの……モロモロお願いしますううっ!」

「はい。こちらも色々と調べておきますので、ご安心を」


 広間にはにこやかに答えた宗主さまと、ベル兄、エマちゃんが取り残された。

 ベル兄がひらひらこっちに片手を振っている。ベル兄も、もしかして宗主になんか話があるのかもしれなかった。

 ついでに、慌てて俺について来ようとしたエマちゃんを引き留めている。

 俺はそのまま、広間に通じるでかい回廊まで引っ張っていかれた。


「でっ……殿下っ。はなせよっ」


 何度かそう言ってるのに、皇子の手はがっちり俺の手首をつかんで離さねえ。そのまんま、回廊がぐるりと囲んでいる中庭の隅まで連れていかれた。

 もともとあまり人影の見えねえ建物だけど、そこまでいくと本当にだれもいなくなった。

 そこでようやく、皇子は俺の手を離した。


「あ……いってて」


 手首がじんじん痺れている。なんだかんだ言っても、それなりに鍛えていても、これはやっぱ女の子の体だ。本物の男の力にはかなわねえ。くそっ、悔しい。


「シルヴェーヌ。……いや、ケント。なぜあんなことを──」

「なぜもクソもねえわ。言った通りだっつーの」


 俺はぎゅうっと皇子の目を睨み返しながら言った。

 さっきまで、まともに見返すこともできなかったのに。なんでこんなシチュエーションなら見返せるんだっつーの。


(だって……。ほかにどうしろっつーんだよ)


「俺はともかく、シルヴェーヌちゃんは帰してやんなきゃなんねえだろ。それに、どうせこの体に俺がいるまんまじゃ、あの子は帰ってこられねえんだしっ……!」


 そんな怒られたって、睨まれたってさ。

 俺、困る。

 ……困るしかねえじゃんよ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ