6 つぎは皇子の相談です
(げ……)
ぞくっと背筋が寒くなった。振り返れば、後ろの三人もそれぞれに青ざめた顔になっている。
そうか。
実際はそんなに危険なことをやっちまってたんだな、俺たち。てかシルヴェーヌちゃんが、か。
宗主さまはそんな俺たちの反応をじっと観察するみたいな目でしばらく見つめてたけど、「ですから」と言葉をついだ。
「わたくしが協力すれば、かなりの安全性は確保できるでしょう。術式展開と運用状況を十分に管理調節し、支配下に置く必要がありましょうが」
「えっ。きょ、協力してくださるんスか?」
「もちろんですとも。あなたにも、本物のシルヴェーヌ嬢にも害が及ぶなどということが万に一つもあってよかろうはずがありません」
ここではじめて、宗主さまはにこりと笑った。
そうやって笑っても、なんとなく北の精霊王が雪と氷に包まれて浮かべる笑みって感じで、あんまり人間らしい温度やなんかは感じないけどな。
「かなり複雑な術式ですので、相当な準備期間も必要です。それについてはこちらで手配を致しましょう」
「え、あの……そんなことまでお願いしてもいいんスか?」
「ええ。と言いますか、必要な触媒そのほか、非常に稀有かつ高価なものばかりですので。特殊な伝手を頼ってそれらを集めなくてはなりませんし。あなたがなさるよりは私の方が通りがよいですし、なにより早いでしょうから」
「そ、そッスか……。んじゃ、お願いします。あのっ、必要なお金とかは、十分お支払いしますんでっ」
「はい。そうしていただけると助かります」
そこまで聞いて振り返ると、目にいっぱい涙をためたエマちゃんと目が合っちゃった。
「ほ……本当に帰っちゃうんですかあ? シルヴェ……いえ、ケントさまぁ」
もう完全に涙声だ。
(……あう)
俺、こういうのがいっちばん弱えんだよ~。困るう!
素直で可愛い女の子の涙とか、この世で一番苦手なもんなんだよ~!
ってことに、今はじめて気づいたわ童貞の俺~!
「いやです……そんなのっ、寂しいですう! だって、うちの店のことや野球用品のことや……いっぱいいっぱい、助けてくださったのはケント様じゃありませんかっ……! あたし、あたしっ……」
「うう、エマちゃん……」
「だって、だってっ……! これからまだ、いっぱいいっぱい、ご恩返しをしようと思って……うわああんっ」
うん、そうだよね。君はそう思ってくれるよね。
そして、あああ、完全に大泣き。
「泣かないでよ……。頼むよ。泣かれちゃうと俺、困っちゃうよ……」
「そうだぞ。無茶いうなよエマ」
急に会話に横入りしてきたのはベル兄だった。
「さっきも言ってただろう。こいつは異なる世界に住んでいた『タナカ・ケント』って男なんだって。このままじゃあ、俺の妹でありお前の本当の主人であるシルヴェーヌはこっちへ戻ってこられないことになっちまうんだぞ」
「そ、そうなのです、けどぉ……っ」
エマちゃんは必死に我慢してるけど、それでもひぐえぐ半泣き状態だ。
隣で「泣くなって」と言うベル兄も、なんかすごく寂しそうな顔になっちまってるし。
皇子は皇子で厳しい顔のまましばらく俺を見つめていたけど、ふいと視線を宗主さまに戻して言った。
「では、ここからは私からのご相談なのですが」
「はい。クリストフ殿下にもなにかお話があったようですね。どうぞ」
「……人払いをさせていただいても?」
「おい。なんだよそれ、ちょっと待てや皇子!」
俺、思わずギロッと皇子を睨んだ。皇子は平気な顔で、いやむしろいつもよりずうっと冷ややかな目をしてそれを受け流した。
「俺の相談はばっちり聞いといてそりゃねえべ? 自分だけ、俺たちにナイショのお話をしようってのかよー!」
「そうだ、そうだー」
ベル兄が半眼になって片方の拳をあげ、棒読みでつづく。なんだそのノリ。
エマちゃんはまだその隣でしゃくりあげているだけだけどな。
皇子は眉間にぎゅっとけわしい皺をきざんで、でも何も言わなかった。そのままくるりと宗主様に向き直る。
つまりそれは、「いてもオーケー」ってことだよな?
そう解釈して、俺は次の皇子の言葉を待った。
皇子は一度、軽く咳ばらいをして始めた。
「というか、話はごく簡単なことなのです」
「と申されますと」
「ケントがあちらの世界へ戻るとき、なんとか私もそちらへ参るわけには参りませぬか」
(な──)
「ってコラ、皇子っ……!」
次の瞬間。
俺はもう一足飛びにすっとんで皇子の隣に立ち、その胸倉をつかみ上げていた。
 





