5 《魂替えの儀》についてレクチャーされます
話をした結果、反応はハッキリとふたつに分かれた。
グウェナエル宗主はごく静かなままだったけど、ベル兄の驚きようったらなかったんだ。
「ええっ? 異世界? しかも男っ? お前が? どういうことだよ??」
でもベル兄は、すぐに気づいた。隣に立ってる皇子がちっとも驚いていないことにだ。それで、今度は一転、腹を立てはじめた。
「さてはお前、知ってたな!?」
「……ああ。すまない」
皇子はごく平板な声で答える。
「なりゆき上、そうなってしまったんだ。が、それでもお前には先に話しておくべきだった。すまない」
「い、いやいや。口止めしたのは俺だし!」
慌てて口を挟んだけど、ふたりにはまるっと無視された。
「なんだよっ。じゃあ俺ひとり、のけ者だったってことか? エマですら知っていたのに? そりゃないぜ! 俺はシルヴェーヌの実の兄だぞっ?」
「うん……。そうだな、すまない」
「も、申し訳ありません、ベルトラン様っ……」
エマちゃんは完全に涙目だ。
「いや待てよ──」
そこでベル兄、はたと何かに気付いたらしかった。
たぶん余計な何かに。
「お前は知ってたんだよな? 知っててシルヴェーヌのことを好きだのなんだのって──いやいやいや、ちょっと待てよ!」
ベル兄、まったく理解が追いついてないらしい。「いやちょっとまて、男って言ってたよな?」とか吠えつつ、自分の髪をぐしゃぐしゃにしちまっている。
ベル兄のことは「ごめんよごめんよほんとにごめんよー!」と思いつつもそのまましばらくそっとしておくことにして、俺は宗主さまとの話に集中した。
こっちはベル兄とは正反対で、さっきから静かな湖面の漣ほどにも揺らいでいない。
(え。もしかして──)
「あ、あのう……宗主さま? もしかしてご存知だったんスか? 俺のこと」
「……ええ。むしろ、知らないと思いましたか? ケントさん」
「ふあッ!?」
ふわりと微笑んだ銀色長髪イケメンの顔を見て、俺はとびあがった。ドットがいっしょに「ぴゃっ!?」ととびあがり、翼をばたつかせる。
え、まさか。もしかしてずっと前からバレてました……??
完全に口ぽかーんな俺を見返して、宗主はこほん、とひとつ咳ばらいをした。
「当然かと思いますが? 私は『シルヴェーヌ公女』がお生まれになったばかりの赤子のころに、祝福と加護の魔法をお与えするため、マグニフィーク公爵家に出向いたこともあるのですから」
「あ。そーなんスか……」
「そういえばそうだ。我が家に子どもが生まれると、宗主さまがいつもうちにおいでになっているからなあ」
ベル兄が説明してくれる。やっと平常心を取り戻してきたらしい。
ふーん、なるほど。そーなのね。
てか復活早えな!
「に、しても。驚いてらっしゃらないんですね……? 宗主さま」
「それはまあ。むしろ『なるほど、そういうことだったか』と納得したというのが正直なところです。なにしろ、あなたの気は色といい熱量といい、以前のそれとは随分変わってしまっておりましたから」
「えっ。そうなんスか?」
「ええ。大もとの魂、その波長のようなものはよく似ておられるものの、ね。そうは申してもやはり別人は別人にございますから。性別も異なることですし」
はあ、なるほどー。
宗主さまの目にはなにもかも、ずっと前からお見通しだったわけか。さすがは魔塔の主人。
「それで? 本日のご相談の内容というのは」
「あ、はい」
そうそう。そこが肝心の部分だったわ。
俺はあらためて背筋を伸ばし、一度大きく深呼吸した。
「そのう……俺とシルヴェーヌちゃんが元に戻るにはどうしたらいいのかなって。それをお聞きしたくて」
「ええっ!」
背後にいる三者三様、それぞれに衝撃を受けた顔になる。
そんなの初耳のエマちゃんは超びっくりしてから、急に泣きそうな顔に。いやもう半分泣きかかってる。
うああ、ごめんよう。そんな顔しないでよ~っ。
皇子は一応予期していたものの、やっぱり心が痛むみたいな機嫌の悪い顔。
そんでベル兄は驚愕と混乱。こっちは情報処理がおいついていないって顔だ。
「シルヴェーヌちゃんは今、俺がもといた世界で俺──田中健人として暮らしてくれてるんですけど。そろそろお互い、もとに戻りたいなあって話をしてて……。でも、具体的な方法がわかんなくて。今日は、それを相談しに来たんです」
「……なるほど」
宗主はすっと目を細めて俺を見つめた。相変わらず「そんなことはお見通しでしたよ」と言わんばかりの表情だ。実際この人、いったいどこまで知っていたんだろう? 謎だわ~。
「すでにご存知かもしれませんが、それは恐らく《魂替えの儀》にあたる術式ではないかと思われます」
ああ、うん。前に皇子もそんなことを言ってたなあ。
「なにかをきっかけに、もともと膨大な魔力を潜めていたシルヴェーヌ嬢の力が暴走し、今回の結果に導いたものと考えるのが妥当でしょう。……だとすれば、またそれと同様のことを再現すればよいのではないかと」
「おお。やっぱ、そーなんスね!」
俺、ほっとしてちょっと力が抜けた。
よかった。シルヴェーヌちゃんをここに戻してあげられそうで。胸の片隅がほんのちょっと……いや、かなりの痛みを訴えているのは、この際無視する。いま大事なのはそっちじゃねえし。
「ただし、これはやみくもに行うには非常に危険な術式でもあります。前回、誰も傷つけずに成功したのは本当に奇跡的なことだったのでしょう。下手をすればどちらの魂も傷つけてしまい、たとえ入れ替わりが成功しても、その後は人事不省で寝たきりの人生を送る……というような悲惨な結果にもなりかねなかった」
「ええっ……。マジすか?」
「ええ。むしろその確率のほうがはるかに高かったと申せましょう」
(げ……)
ぞくっと背筋が寒くなった。
ふり返れば、後ろの三人もそれぞれに青ざめた顔になっていた。





