3 アンジェリクの仕事ぶりが明かされます
(そういえば──)
アンジェリクは謹慎の一環で、パパンから慈善活動を課されてたわけだけど。実はこれに関しても、あんまりいい噂は聞こえてこない。
豊かに見えるこの国にも、親が死んでしまったり、貧しくて捨てられるとかして、仕方なくストリートチルドレンになっちゃった子たちがいるそうだ。アンジェリクは今、そういう子たちのための炊き出しだとか、孤児院のサポートとか、色々やってる──いや、やらされてるわけなんだけどな。
薄汚れた服を着た子供たちが、お礼を言おうとか遊んでもらおうとかって期待して「おじょうさま~!」って寄ってくると、「近寄らないで! 不潔よ!」ってめっちゃ突き飛ばしたり、自分ではちっとも汚れ仕事はしないで、代わりにお付きのメイドたちに働かせてたり。
はっきり言って評判は最悪だ。……まあ、このへんはエマちゃんやベル兄から聞いた話なんで、情報に偏りはあるかもしんねえけどさ。
でもエマちゃんの情報はある程度は正確だと思う。なにしろその孤児院で、彼女の知り合いが働いてるらしいからさ。
パパンは難しい顔をしたまま続けた。
「先日、あの孤児院からは、援助は打ちきらないでほしいものの、できればお前の訪問は今後は遠慮したい旨、遠回しに申し入れがあったのだぞ。いったいどういうことなんだ。きちんと奉仕活動に携わっているものと思っていたというのに──」
「そ、そんな……っ。わたくしは一生懸命やっておりますわ。信じてください、お父様っ……」
アンジェリクが、急にがばっと顔をあげて叫んだ。
そりゃ焦るよな。必死になるよな。この子の大好きなおしゃれやおめかしがずうっと禁止された状態なんだし。成果があがってないと評価されちゃったら、期間が延長されるおそれもあるもんな。なにより心配なのはそこだろ? どうせ。
アンジェリクはいきなり目に涙まで浮かべてる。
あーあ、キレイな涙だねえ。
どんな男も一発で落ちるんだろうな~、それを見りゃあ。
でも、もう今の俺には、この涙が父親の憐れみを乞うための演技だってことがハッキリわかるんだよなあ。こいつはすんごい女優なのよ。
残念ながらパパンには、まだわかんねえみてえだけどさ。
でも、わかんないなりにもパパンも譲歩する気はなさそうだった。きれいな長い指を額に当てて考え込んでいる。
「私だってお前を信じたいとも。だが、それは無理だ」
「お父様っ……!」
「援助される側がする側に向かってこういうことを言ってくるというのは、よくよくのことなんだ。私に向かってはもちろん噯にも出さなかったが、院長は相当腹に据えかねているのだろう。……お前は私の顔に、さらにはこの公爵家に泥を塗ったも同然なのだよ、アンジェリク」
「そ……そんな。わたくしは、そんなつもりはっ……!」
「お前にそんなつもりがなくともそうなるのだ」
パパンは遂に溜め息をつき、頭を抱えた。「我々はどうやら、娘を甘やかしすぎたかもしれないな」とその顔に書いてある。ママンも似たような表情だ。
「ともかく。今後は態度に十分気をつけなさい。成人した女性として一歩外に出たなら、お前はその瞬間から公爵家の顔になるんだよ。そのことを十分自覚してほしい」
「そうよ、アンジェリク。あなたももうデビュタントを済ませた、立派な大人なのですから。特に立場の弱い人たちに対しては慈愛と思いやりをもって接することを心しておかなければいけませんよ」
「お、お母様までっ……。ううっ……」
アンジェリクのウソ泣きは続行している。
俺、隣でもう完全に半眼だ。ベル兄がこっそりと「お前も気の毒にな~」みたいな目で俺を見ている。ええい、大きなお世話なんだよっ!
「まだ年若いお前にはわからないことかもしれないが。……いいかげん、成長しなくてはな。お前ももう子どもではないのだから」
「…………」
「もうよい。下がりなさい」
「はい……」
もう返せる言葉ひとつすらなく、アンジェリクはうなだれて、しおしおと部屋を出ていった。
うーん。ここまでくるとちょっと可哀想だけど──いや、ここは心を鬼にするぞ、俺。だってシルヴェーヌちゃんがあいつにされたことを考えたら、同情するには早すぎるもんな。
それに、皿にはあいつがぐっちゃぐちゃにした無惨な状態の料理が残されている。それを見ている使用人の皆さんの目。
……お前、これをちゃんと見ていったほうが良かったと思うぜ、マジで。
ちょっとの間しんとしてしまった朝餉の間だったけど、俺はそろそろと片手をあげた。
「あのう……パパン、いやお父様?」
「なんだい、シルヴェーヌ」
「ちょっと、お願いが……あるんスけど」
「お願い? なんだい」
これまでとは打って変わって「さあなんでも言ってごらん」と言わんばかりのキラキラな笑顔を向けられてちょっと引く。
なんだろうなー、このパパンは。いくら俺が皇帝陛下から勲章もらったっつっても、ちょっと現金がすぎないか?
「ええっと。この休暇の間に、魔塔の宗主さまにお会いできないかと思ってるんスけど……なるべく近いうちに。許してもらえます?」
「えっ。それは……」
「どういうことなのか」と問う十の目が、俺にぎゅんっと集中した。





