11 とうとう認めてしまいます?
《だって健人さん。そちらでできたご友人や騎士の同僚など、たくさんの人間関係も、とても大切になってらっしゃるでしょう? 今のあなたは》
《…………》
《それも、特に殿下のことは。……お好きなんですわよね? 健人さん》
《…………》
《ちゃんとお答えになってくださいませ。そうでないと、わたくしも困ってしまいます》
シルヴェーヌちゃんの追及が、珍しくきびしい。
どこまでもどこまでも追いかけてくる。逃げ場がねえ。どこにもねえ。
俺は手の甲でぐしっと鼻の下をこすった。
《すっ……好きか、キライか……って言われりゃ、そりゃ──》
《……お好き、なんですわね》
《ううう……っ》
バルコニーの手すりにゴン、と額をぶちあてる。
シルヴェーヌちゃんが微かに笑ったみたいだった。
《『忍ぶれど 色に出でにけり』──ですわね、まさしく》
その声はどこまでも静かで、透明だ。
《うう~っ……》
俺は髪をかきむしった。
もうダメだ。降参だ。
そしてなんなんだ、この子は。もう百人一首まで知ってんの??
《い……イジワルだっ、シルヴェーヌちゃんっ……!》
《そうですわね。ごめんなさい》
《それにっ、シルヴェーヌちゃんだって帰りてえんでしょ? そっちは野球部とか勉強とかで色々楽しいみたいだけど、こっちには君の家族だっているんだしっ……!》
《……はい。正直申せば、戻りたいと思います》
シルヴェーヌちゃんの声がふっと暗くなる。
俺の頭はますます混乱した。
《だったらなんで、そんなこと言うんだよ……》
《ふふ。もしかすると、健人さんのお姉さまの影響もあるのかもしれませんわね》
《へ? 姉貴……?》
そうらしい。あの後、姉貴は俺になっちゃったシルヴェーヌちゃんに、いわゆる「BL本」の手ほどきを色々やったようなんだよな。
《──いや。ちょっと待ってよ》
なんか、いやーな予感がして恐る恐るきいてみる。
《もしかして、俺と皇子のこと……姉貴に言ったり、してないよね?》
《あ、はい。あのう……ごめんなさい。話してしまいました……》
《えーっっっ!》
《本当にごめんなさい……ほんの少しだけなんですけれど》
《いやいやいや! やめてよー!》
なんかもう目に浮かぶわ。
「健人と皇子、その後どうなったの」「進展あった?」っつて目をキラッキラさせて情報を引き出そうとするあの凶悪な姉の顔が。
あの腐りまくった姉貴のことだ。目を爛々と光らせて「皇子×健人、その後どう?」って聞きまくってるに違いない。そんで、もしかすると例のイベントのためにうすーい本とか作ろうなんて、目論んでいやがるのかも。
《あ、そうそう。『薄い本』とかいうもののネタになさるとか。わたくしには、おっしゃっていることが今ひとつわからなかったのですけれど……。さすがによくご存知ですね、健人さん。うふふ》
「いや笑ってる場合じゃねえ! 冗談じゃねーぞ!」
思わずまた口で叫んでしまって、ハッとした。
さっきまでクウクウ寝ていたドットが、今度はぱっと顔をあげてこっちを見ている。そのまま、半分ねぼけたような顔でふらふらっと飛んで、こっちへやってきちまった。まったくもう!
《……とにかくね。宗主さまにお会いするから。俺》
《えっ。健人さん──》
《事情をちゃんと説明して、戻る方法をちゃんと探すっ。いいよな、それで? シルヴェーヌちゃん》
《いえ、あのう……健人さん》
そこまでだった。
俺は意識的に、彼女との間につながっている「通信回線」的なものをぶちんと切った。
ドットが「きゅるきゅる」と甘えた声をあげながら俺の肩にとまりに来る。そのままぐりぐりと頬のところにこすりつけてきた頭を、そっと撫でた。
(……そうだよ。俺、ちゃんとしなきゃ)
いくらこっちに好きな人がいるからってさ。
だからって、シルヴェーヌちゃんがこれから一生自分の家族にも会えない状態を許すだなんて。そんなこと、できるわけがねえじゃんか。
確かにこっちの世界は好きだよ。
あったかくてイイ奴が多いし、いっぱい友達だってできたしな。野球だって、みんな好きになってくれてチームまで作ってくれてさ。あの練習試合、めちゃくちゃ楽しかったもん。
このドラゴンのドットのことだってめちゃくちゃ可愛いし。
「みんなやこの子たちにもう会えなくなるかも」って考えるだけで、涙腺が急にヤバいことになっちまうけど。
それはしょうがねえし。
だって、どうしようもねえし。
(皇子……)
俺は頭上の月を見上げて、ぽつんと呟いた。
俺、間違ってねえよな。そうだろ?
あんたのことは……嫌いじゃねえ。
……いや、たぶん好きなんだと思う……そういう意味で。
でも。
(俺があっちに帰らねえなんて……ありえねえよ)
あんたが何を言ったとしても。
必死になって引き留めようとしてきても──。
「きゅるるうん?」
ドットが困ったような声を出して俺を見つめ、ぺろんと俺の頬をなめた。
つい、ぽろっと零れちまったナニカを、なかったことにするように。





