6 白き魔力の剣、発動です
「……ふう」
数日後。
周囲を護衛の騎士たちとクリストフ殿下、そしてベル兄に守られて、俺は北壁、魔族との境界に立っていた。
周囲は吹雪だ。魔導士たちの張っている結界のお陰で普通の服装……っていうか騎士としての甲冑姿でも平気だけど、相当きびしい環境だ。本当だったらとっくに凍傷やらなんやらで凍え死んでてもおかしくねえ。
いま目の前には氷に覆われた、切りたった崖がある。
その斜面を少し向こう側に降りた位置に、魔導士たちが作りつづけている魔法の結界がでかいカーテンのように張り巡らされていた。
魔導士たちはこれを、この数百年ずっと交代で作り続けている。魔族が北から攻撃を始めたその時代から、ずっとだ。
いま目の前には、その中にわざと開けてあるいくつかの穴のひとつが開いていた。こうしておけば、帝国軍はそこから侵入してくる魔族たちを一網打尽にできるわけだ。戦うときはこうしておいて、こっちの都合が悪い時には魔導士の人数をふやし、ばっちり蓋をしておくんだそうだ。
いま、そのすぐ前には聖騎士トリスタン殿が騎士団を従えて立っている。その少し後ろに俺と皇子たちの一団がいる。
まずはトリスタン殿が、なだれこんでくる先頭の一団を薙ぎ払い、その次に俺が攻撃を仕掛ける予定だった。
魔力の壁の向こうは、吹雪のせいもあってよく見えない。
壁は火や水、雷や風などさまざまな属性の魔法術式が絡みあい、クモの巣みたいな網目状になって七色に光っていた。
と、トリスタン殿の目の前の壁がじわじわと裂けはじめた。
作戦開始だ。
途端、すさまじい咆哮が空気を揺るがした。
「ウオルウウウオオオオオオオ────ウ!」
「グルウアアアアアアッ!」
(ひいっ……!)
思わず身がすくむ。
裂け目から真っ先に躍り出てきたのは、禍々しい姿をした真っ黒いドラゴンらしき生き物だった。それに続いて、牙や角のはえた鬼みたいな顔をした巨人族やら、もうちょっと体の小さな奴らが、釘のはえたこん棒みたいなもんを手にして続々と現れる。
ゲームではオークとかオーガとかトロルとか言われるような、おどろおどろしい生き物たちだ。肌の色もいろいろで、濃い紫だったり緑だったりする。黄色くどろんとした目は血走って、どこを見ているのかわからない。
でかい牙の間からよだれを垂らしまくってる奴もいる。
そいつらの周りには濃い瘴気が渦巻いていた。体の弱い奴だったらちょっと吸い込むだけでも気を失ったり、死んだりするほどのキツイものらしい。
と、突然帝国軍の突端で、凄まじい閃光が爆散した。
「オオオオオオオオオッ!」
この雄叫びは人間のものだった。
いや、人間のものだとは思えなかったけどな。
耳をつんざく大音声。
まちがいない。聖騎士、トリスタン殿だ。
トリスタン殿が構えていた自分の大剣を水平に一閃させる。
と、そこに明るい真っ赤な光の渦が生まれた。それらはあっというまに獰猛な竜なみの太さに膨れ上がったかと思うと、突進してきた魔族どもを一気に飲みこんだ。
「うわっ……!」
あまりのまぶしさに思わず手をかざす。
「ギョエアアアアアアアッ!」
「ギャオオオオオ──ン!」
怪物どもの悲鳴は轟く爆発音にかき消された。
(ええっ……?)
やっとのことで薄く目を開けてみて、呆気にとられる。
トリスタン殿の目の前にいたはずの、何十、何百という魔族の群れが綺麗にケシズミになって消えていた。
(すっ……すげえ)
いや、すげえなんてもんじゃねえわ。
なるほど、さすがは聖騎士トリスタン殿。
これ、アレだな。ほら、あれあれ。むかーしアニメで見たやつで──
そうそう、「薙ぎ払え!」ってやつだよ、まさに!
トリスタン殿の得意とする属性は火らしくて、強力な炎系の魔法をあの大きな剣に乗せてふるうんだって。高熱を発する攻撃だから、雪山ではそのままそれが雪崩になることも多い。雪崩は向こう側にいる魔族や魔獣をさらにたくさん飲み込んで、一気に斜面を滑り落ちていく。
でも、それも一瞬のことだった。雪崩からはなんとか逃れた残りの魔族たちがまたわらわらとこっちに向かって突進してきている。
「いまだ! マグニフィーク少尉!」
トリスタン殿の合図が耳を貫き、ハッとする。
即座に俺たちは前方へ駆けだした。
そう。次は俺たちの番。
見渡す限りの魔族たちが薙ぎ払われたと見えたけど、奴らの数は尋常じゃない。
この裂け目をめざしてわらわらと突進してくる大小の魔族軍は、まさに雲霞のように見えた。
俺の目の前だけをあけ、クリストフ殿下とベル兄、俺専用の護衛騎士団が周囲を取り巻いてくれる。
俺は抜剣して例の構えをとった。
腰を落とし、バッターボックスに入った自分を思い描く。
(よし。集中……集中だ)
魔族どもの咆哮。鼻がひん曲がりそうな悪臭、そして瘴気。
なによりも凄まじい殺気と狂暴性。
それらが全部ごちゃまぜになって、どっと目の前に押し寄せてくる。
それに気圧されてちゃ話になんねえ。足はビリビリ震えそうになるけど、今にも逃げたくなりそうなのもほんとだけど。
そんな自分を叱咤して、ぐっと我慢だ。
──集中。
とにかく、集中だ。
自分の体と魔力と、そして自分の剣に集中する。剣の形と自分の体を明瞭にイメージ。
それから水道の蛇口。そこから必要なマナを自分と自分の剣に流し入れ、ゆっくりと満たしていく。
トリスタン殿がレクチャーしてくれたとおりに、手順をひとつひとつ進める。
十分に刀身が潤い、力が横溢するのを待つ。
じっくり、じっくりだ。
凄まじく重い足音が迫ってくる。肌をビリビリいわすような殺意と威圧感。
それでも集中を途切れさせてはならない。絶対にだ。
自分の剣にゆるゆると白いヘビたちが巻き付いて落ち着いた形になるのを待つ。
(──よしっ。ここだ!)
次の瞬間、俺は目をカッと見開いた。
魔族どもはすぐ目の前だ。
トロルかなにかのでかい足だけが見える。ドラゴンの牙が目前に迫る。
瞬間、ぐん、と全身に力をこめた。
ちょうど、バットを振りぬくときのように。
真正面から飛んできた剛速球を打ち抜くように。
「う、お……ウオオオオオオオオッ!」
白熱した刀身が、振り下ろされる形のままぐん、と巨大化したような感じがあった。込められたマナが一気に膨張する。
「オオオオオッ……う、おりゃああああああ────ッ!!」
実際は、瞬きするほどの時間だった。
でも俺には、それは長い長い時間に思えた。
剣が重い。信じらんねえほどに重い。
でも、力を抜くわけにはいかなかった。
俺は刀身を、一気に最後まで振りぬいた。





